なぜだ!!

現在、Jリーグには二人の元スペイン代表がいます。

2008年、2012年のヨーロッパ選手権、2010年の南アフリカワールドカップを制し、まさに敵なしだった史上最強の時代のスペイン代表の主力メンバーが日本でのプレーを選択したのです。

正直なところ・・・

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これは数年前には考えられない出来事でした。

しかし、イニエスタとトーレスが日本に移籍したことによって、Jリーグに新しい波が訪れようとしています。

Jリーグは中国リーグに並び、アジアで最も注目を浴びる場所として認知されつつあるのです。

それではなぜ、イニエスタとトーレスは日本移籍を選択したのでしょうか?

はじめは誰も、彼らが日本にやってくると思わなかった…

2018年の夏は日本サッカーにとって歴史的な日々でした。

5月24日、バルセロナのアンドレス・イニエスタのヴィッセル神戸への移籍が決定。

そして、7月10日にはアトレティコマドリードのフェルナンド・トーレスがサガン鳥栖への加入を発表しました。

共に元スペイン代表のイニエスタとトーレス。

2人は2008年から2012年にかけて、ヨーロッパ選手権とワールドカップという大会で“3連覇”という史上初の偉業を成し遂げた、最強と呼ばれた時代のスペイン代表の中心メンバーでした。

そんな2人がキャリアの晩年に祖国から離れてプレーする決断をしました。

それが日本だったのです。

なぜ、イニエスタとトーレスは日本への移籍を選択したのでしょうか?

なぜ、2人のスーパースターは日本への移籍を選択したのか?

イニエスタとトーレスという2人のスーパースターが、日本でのプレーを選択したのには、いくつかの理由があります。

まず、イニエスタにもトーレスにも共通して言えるのは、所属クラブで絶対的な存在ではなくなりつつあった、という点です。

これがイニエスタがバルセロナ、トーレスがアトレティコという、幼い頃から育ったクラブを離れる決断に至った理由です。

もちろん、スペイン国内で移籍したり、かつてトーレスがそうしたようにヨーロッパのほかの国のクラブに移籍するということもできました。

しかし、イニエスタもトーレスも心のクラブと戦うという選択ができなかったのです。

とはいえ、イニエスタとトーレスが、数あるオファーの中から、なぜヴィッセル神戸とサガン鳥栖を選んだかは、それぞれの事情があるのです…

なぜ、2人のスーパースターは日本を選択したのか?①イニエスタの場合

イニエスタは年々バルセロナでの存在感を落としていました。

34歳という年齢はサッカー選手にとってはキャリアの晩年と言える段階です。

それでも彼の場合は要所で重要な働きをしたり、何よりチームの哲学を伝えるキャプテンとして未だに重要な存在だったのです。

例えば同じくカンテラーノ(下部組織出身)のOBと比べると、カルレス・プジョールやシャビ・エルナンデスとの比較で、バルセロナから離れる直前の年におけるピッチの上での貢献においては、イニエスタの方が上でした。

しかし、それでもイニエスタはクラブからの退団を選択しました。

カンテラーノとして、キャプテンとして必要以上に尊敬された挙句、ピッチの上での貢献が少ないとなれば、腫れ物扱いされてしまう恐れがあったからでしょう。

バルセロナからの退団を表明したイニエスタに早速アプローチしたのは、中国スーパーリーグの重慶斯威と日本のヴィッセル神戸です。

重慶斯威は財力を武器にイニエスタに移籍のオファーを出しました。

近年、金にモノを言わせてヨーロッパや南米の有名選手を獲得するのが、中国スーパーリーグのお決まりとなっています。

いかにして神戸は中国とのイニエスタ争奪戦を制したか?

一方でヴィッセル神戸はコネクションの強さで勝負を挑みました。

ヴィッセル神戸のオーナー企業である楽天は、現在バルセロナのメインスポンサーとして会社ロゴをユニフォームの胸に刻む契約を結んでいます。

サッカークラブのユニフォームのロゴといえば、ここ数年はオイルマネーで潤うアラブの企業が多かったのですが、その争奪戦を日本の企業が制したのだから驚きです。

楽天からバルセロナに支払われるスポンサー料は年間70億円に登ると言われています。

バルセロナと楽天の巨額の契約はイニエスタの日本行きを強くプッシュしたんだとか。

パートナーシップを築いた国のクラブに元選手を送り込むのは、バルセロナの常套手段です。

例えば、前スポンサーのカタール財団と関係性を築くにあたって、バルセロナはペップ・グァルディオラをキャリアの晩年に送り込んでいたし、現在はシャビ・エルナンデスが同じ役割を担っています。

選手にとってもバルセロナが“斡旋”したクラブに移籍することは、将来的にバルセロナに戻ってくるための有効な手段となります。

今回のイニエスタは日本との“大使”を務めた格好なのです。

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なぜ、2人のスーパースターは日本を選択したのか?②トーレスの場合

トーレスの場合は、イニエスタと異なりクラブでの存在感を完全に失いつつありました。

2015年の冬にミランからアトレティコに復帰したトーレスでしたが、すでに全盛期の力は残っておらずそこから過ごした3年半では、大きなインパクトを残せずにいました。

それでも、トーレスが3年半もの間アトレティコでの生活を続けたのはなぜかと言うと、このクラブにおいて、トーレスほど愛された選手はいないからです。

しかし、2018年夏に契約が切れると、アトレティコは更新する意思を示さず契約満了による退団という運びになりました。

トーレスの日本行きが噂されるようになったのは、5月に入ってからです。

2017-18シーズンが終わり、人々はクラブチームの戦いからワールドカップへと意識が傾きだした頃です。

トーレスの移籍先として早々に名前があがり、しかもその交渉が急展開を迎えていると報じられたのがサガン鳥栖です。

メインスポンサーのサイゲームスとDHCの資金力に支えられて権田修一や豊田陽平、加藤恒平といった日本代表クラスのメンバーを揃えたクラブです。

過去にはビクトール・イバルボを獲得した経験もあり、海外の大物選手との交渉は経験がありました。

とはいえ、イバルボとトーレスでは知名度でも実績でも大きな違いがあり、獲得はおいそれと行きませんでした…

なぜなら…

ここでも中国勢がトーレス獲得に名乗りをあげたからです。

トーレスの日本行きに待ったをかけたのは、中国スーパーリーグの北京人和、そしてアメリカのシカゴ・ファイアーの名前もありました。

諦めない想いがトーレスの心を動かした

しかし、シカゴ・ファイアーは早々にトーレス獲得から撤退。

トーレスの争奪戦はサガン鳥栖と北京人和との一騎打ちとなりました。

そして、トーレスの日本行きを巡る攻防はここから凄まじい展開を見せるのです…

5月中旬にはトーレスとサガン鳥栖の交渉は完全に破談したと伝えられました。

しかし、サガン鳥栖のスタッフは諦めずに粘り強くトーレスにアプローチして、クラブがいかにトーレスを欲しているか、日本での生活を説明したと言われています。

一度は交渉が終わりになると思われた。だけど彼らは落胆することなく、スポーツや家族に関する情報を新たに持ってきてくれたんだ。それを見て、このクラブは選手をしっかりケアして手助けしてくれると感じた。

サガン鳥栖はスタッフは家族へのサポートも約束し、そこもトーレスの日本行きを強く後押ししたと言います。

小さな子供を育てるトーレスにとっては、環境は重要です。

学校はもちろんですが、生活環境も安全で快適に過ごせなくてはなりません。

中国では学校はともかく、環境に不安があったのでしょう。

フットボールを取り組むにあたっては、クラブの立ち位置も重要です。

サガン鳥栖はまだJ1に定着していないし、強豪とは言い難いクラブです。

この状況はトーレス自身がプロデビューしたばかりのアトレティコマドリードの状況と近いのです。

当時は2部から1部に昇格したばかりで、当時のトーレスはまだ10代でしたがチームのキャプテンを任されていました。

そこから約10年をかけて徐々に成長していったクラブはヨーロッパの頂点をあと一歩で掴むというところまでに至りました。

今のサガン鳥栖の勢いはアトレティコマドリードのような成長性を感じさせます。

何より、トーレスはサガン鳥栖のサポーターに大きな感銘を受けた経験があると言います…

なぜ、トーレスはサガン鳥栖のサポーターに感銘を受けたのでしょうか…?

なぜ、トーレスはサガン鳥栖のサポーターに感銘を受けたのか?

2015年、トーレスはアトレティコマドリードの一員としてサガン鳥栖とのプレシーズンマッチを戦いました。

その時に鳥栖スタジアムを訪れているのです。

トーレスはサガン鳥栖のサポーターについてこう語っています。

サガン鳥栖との試合はスタジアムの雰囲気がとても印象的だった。僕たちにとってはプレシーズンマッチで、正直なところトレーニングで疲れていた。典型的な夏の試合だったしね。でも彼らにとってはシーズン半ばの試合で、十分にリズムができていた。だから試合に入るのが大変だったな。
でもそれ以上に、雰囲気のことを思い出すよ。大勢の観客がいて、大きなバナーやフラッグが掲げられて大声援が送られていたんだ。本当に感動的だった。スタジアムはほとんど満員だった。それはつまり、人々がクラブとフットボールを求めていて、フットボールとともに生きているってことだ。じゃないとこんなことは起きないからね。これは僕にとってすごく大切なことだ。熱狂的なファンの声援を背に受けると、やる気が湧き上がるんだ。

イニエスタとトーレスという2人の元世界王者が日本行きを選んだのはサッカーファンとして非常に喜ばしいことです。

2017年は、こちらもドイツ代表としてワールドカップを獲得しているルーカス・ポドルスキが日本への移籍を選択しています。

彼らのような大物はキャリアの晩年に、サッカー後進国でのプレーをするケースは珍しくありません。

しかし、それはほとんどが莫大な年俸を保障してくれるアラブの国々やアメリカ、中国でした。

それではなぜ、彼らのような大物の移籍先として日本が有力な選択肢として勃興しつつあるのでしょうか?

なぜ、大物たちが日本行きを選択するようになったのか?

イニエスタやトーレス、ポドルスキのような大物が立て続けに日本行きを選択したのは、Jリーグが確実に彼らにとって魅力を増しつつあるからです。

まず、生活環境の面で言えばほとんど申し分がありません。

犯罪は諸外国に比べれば少ないため、トーレスが話していたように家族も安心して連れてくることができます。

強いて言うなら言葉の問題くらいでしょうか。

海外のスタジアムでは暴力行為が珍しくありませんが、日本のスタジアムではそうした警察沙汰はどんなに多くてもせいぜい1度か2度くらいで、非常に安全性が保たれています。

特にトーレスがプレーしたイタリアでは、スタジアムのゴール裏はウルトラスといわれる過激派の応援団が占拠しており、しかも彼らの多くはマフィアと繋がっています。

それに比べると、日本は反社会的勢力に対してチケットが渡らないように徹底している販売会社もあるほどで、暴力沙汰とはかなり疎遠なのです。

また、これまで資金力で大きく劣ってきた中国リーグとの距離も徐々に縮まりつつあります。

Jリーグの放映権をパフォーム社が買い取ってから、Jリーグの財政は劇的に潤いました。

日本人だけではなく、東南アジアの人々からも注目されるコンテンツとして知られつつあるのです。

チャナティップ・ソングラシン(コンサドーレ札幌)

ティーラシン・デンダー(サンフレッチェ広島)

ティーラトン・ブンマタン(ヴィッセル神戸)

シティチョーク・パソ(鹿児島ユナイテッド)

といったタイ代表選手が日本でプレーしています。

こうしたアジア戦略の中で勝ち組になりつつあるJリーグは、確実に存在感を高めています。

だからこそイニエスタやトーレスにも高額の年俸を保障することができるのです。

もちろん、中国勢のように全盛期のスター選手たちを獲得する資金力はまだないでしょうが、確実に価値を伸ばしているのです。

さて、今回はイニエスタトーレスがなぜ日本行きを選択したかについてお伝えしました。

そして、下のリンクではイニエスタの少年時代についてお伝えしています。

イニエスタはどんな少年時代を過ごしたのか?

そして、なぜイニエスタがバルセロナを選んだのでしょうか?

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