内田篤人が鹿島アントラーズに移籍!?

あなたは実現すると思いますか…?

ウニオンベルリンに所属する元日本代表の内田篤人に、鹿島アントラーズへの復帰急浮上しました。

2018年のロシアワールドカップへの出場を目指してウニオンベルリンへの移籍を選択した内田篤人でしたが、

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現実はそれほど甘くありませんでした。

そして、12月に入ると古巣・鹿島アントラーズへの移籍復帰の可能性が急浮上しました。

ウニオンベルリンからの退団が噂されるようになった背景には一体何があったのか?

そして、鹿島アントラーズへの移籍は実現するのでしょうか?

今回は内田篤人の鹿島移籍の可能性についてお伝えしましょう。

滞在期間4ヶ月!?ベルリン生活の早すぎるピリオド!

元日本代表の内田篤人ウニオンベルリン(ドイツ2部)からの退団が急浮上しました。

8月末に7年間所属したシャルケを退団し、ウニオンベルリンへの移籍を選択した内田篤人。

その選択には、1年後に迫ったロシアワールドカップ出場したいという内田篤人自身の強い希望があったからだと言われています。

決別を望んだのは内田篤人だけではなく、シャルケもでした。

テデスコ監督が就任した2017年の夏にはこれまでの既存戦力を大量に放出し、ほぼ新しいチームとしての船出を選択しています。

2015年から、退団する2017年までのシャルケの出場試合数はわずか20試合ほどで、2015-2016シーズンに至ってはシーズンを全休しています。

慢性的な怪我となっていた膝の負傷が2014年のブラジルワールドカップで重症化し、今にして思えばこれがシャルケでのキャリア、そして日本代表としてのキャリアに大きな暗雲が訪れる決定的な出来事でした。

いずれにしても、7年間を過ごしたシャルケからの退団を選択肢、ウニオンベルリンへと移籍した内田篤人。

しかし、苦難はベルリンの地でも続いたのです。

なぜ、内田篤人はウニオンベルリンでも干されたのか!?

内田篤人が2部というレベルが下がる舞台だとしても、ウニオンベルリンへの移籍を選択したのは、恩師ケラー監督がいたからと言われています。

ケラーは2012年から2014年までシャルケの監督を務めて内田篤人を指導した実績を持っています。

内田篤人はケラー監督から誘われる形でウニオンベルリンへの移籍を選択したのです。

しかし、膝の負傷は想像以上に深刻でこの新天地でも、内田篤人は悩まされることになりました。

また、元オーストリア代表のクリストファー・トリンメルが健在で、内田篤人がシーズン前半で試合に出場したのはわずかに2試合に留まっています。

さらに内田篤人に対して追い討ちをかけたのが、ケラー監督解任でした。

11月末にウニオンベルリンの監督からの解任が発表されました。

2部でも4位と決して悪くない順位につけていただけに衝撃的解任劇となりました。

ケラーのサポートがあれば怪我の回復に準じて出場機会が与えられる可能性があった内田篤人ですが、こうなってしまってはウニオンベルリンでのキャリアが見えなくなってしまいました。

そして、そこで急浮上したのは内田篤人古巣・鹿島アントラーズへの復帰可能性です。

内田篤人は鹿島への移籍を選択するのか!?

内田篤人にとって、鹿島アントラーズは高校卒業後のプロデビューから4年間を過ごした愛する古巣です。

もし内田篤人の鹿島移籍が実現すれば、7年ぶりの古巣復帰となります。

歴代の鹿島アントラーズの選手の中でもサポーターから最も愛された選手の一人で、内田篤人にとってはホームとも言える場所が、鹿島スタジアムなのです。

鹿島でなら、本来のパフォーマンスを取り戻しロシアワールドカップへの出場をかなえることができるかもしれない、内田篤人はそう考えているのかもしれません。

日本代表が11月に行ったヨーロッパ遠征のメンバーリストには当初、内田篤人の名前があったといわれています。

しかし、直前で左ひざに肉離れを負った内田篤人の召集は見送られる形となりました。

間違いなく、ハリルホジッチが考えるワールドカップの候補メンバーのリストの中に内田篤人の名前があるのでしょう。

恐らく年齢的に最後のワールドカップとなるロシア大会。

この大会への出場を内田篤人が願っているのは間違いなく、その夢の実現に向けて内田篤人の頭の中に移籍の可能性があるのは間違いないようです。

ただ、問題は鹿島側に内田篤人を移籍復帰させる余地があるか、です。

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鹿島は内田篤人を受け入れることができるのか!?

鹿島の右サイドバックには既に西大伍という不動の存在が君臨しています。

内田篤人とは違い、生え抜きの選手ではないですが入れ替わるように2011年に鹿島に加入して以降は不動の右サイドバックとして鳴らしています。

日本代表経験は多くありませんが、Jリーグ屈指の実力者として認められています。

また、鹿島の右サイドバックの控えには伊藤幸敏という24歳の若き逸材も控えています。

西のバックアッパーとして着実に出場機会を得つつあり、その西が30歳を迎えたことによって、世代交代を感じさせつつあります。

さらには、鹿島で左サイドバックを担当する山本脩斗は、本来右利きの選手で両方のサイドにも対応可能となっています。

この充実した選手層を擁している状況で、鹿島に内田篤人を受け入れる必要性があるのでしょうか…?

しかし、ここから予想不可能だった出来事が立て続けに起こります…

何が内田篤人の鹿島移籍を強烈に後押ししたのか?

予想外だった出来事が起こったのは、12月4日に行われたJリーグ最終節でした。

結果的にJリーグ優勝を土壇場で逃すことになったこの試合で、鹿島アントラーズは西大伍負傷います。

前半14分という非常に早い時間帯にピッチに倒れこむと、そのまま病院に直行し、即手術となりました。

鹿島アントラーズが後に発表したのは、「右ひざ内側側副じん帯断裂」というもので、全治4ヶ月の重症です。

奇しくも内田篤人と同じ右ひざの負傷で、回復してもサッカー選手としてのキャリアに深刻な影響を与えかねない重症を抱えることになりました。

西にとっては不運でしかありませんが、2018年シーズンの開幕には確実に間に合わないことが決まっており、内田篤人が鹿島に移籍する可能性はわずかに高まりました。

西はその能力以上に鹿島の選手としての適性や経験値に大きな魅力があり、その穴埋めを出来るとしたら、数百人の選手が在籍するJリーグを見渡してもさほど多くはありません。

内田篤人に白羽の矢が立つのは当然のことでした。

もちろん、鹿島や内田篤人が納得したとしても、現時点ではウニオンベルリンの選手であり、この現所属クラブがOKを出さなければ移籍は実現しません。

そんな時に浮上したのがもうひとりのキーマンです。

内田篤人の鹿島移籍を後押しするのは、この男!

そのキーマンとは植田直通です。

2016年のリオ・オリンピックの代表選手であり、鹿島アントラーズの最終ラインに君臨する、若きセンターバックです。

日本人選手としては吉田麻也以来の超本格派と期待されており、桁違いの身体能力に加えて正確なフィード能力を備えた非常にモダンなセンターバックです。

吉田麻也以外にヨーロッパでも活躍できるセンターバックを輩出した経験がないJリーグですが、その可能性があるのが唯一、この植田だと言われています。

そして、その植田もある目標を掲げています。

それは、2018年のロシアワールドカップへの出場です。

内田篤人と全く同じ野望です。

しかし、その見通しは明るくはありません。

現状センターバックとしては4番手から5番手で、初召集となった2014年から3年が経過したこの12月の東アジア選手権で、ようやく初めて出場機会を得ることができたのです。

恐らく、ハリルホジッチからの評価がさほど高くないことが伺えます。

このままでは、落選可能性十分にありえる。

植田の日本代表における状況は非常に切羽詰ったところにいるのです。

ウニオンベルリンが提案したと噂されているのは、この植田と内田篤人とのトレード移籍です。

元々植田には海外志向があるといわれており、日本代表のセンターバックの序列を覆す一発逆転の機会を狙うのであればウニオンベルリンへの移籍は決して非現実的ではありません。

何よりもドイツは日本代表選手が数多くプレーしており、日本代表選手のステップアップの場としてはヨーロッパで最高の実績を残しています。

新境地を開拓した植田は内田篤人の鹿島移籍の追い風となるか?

ウニオンベルリンにとっては、内田篤人の鹿島移籍は右サイドバックのバックアッパーを失うことになります。

当然、代役となる存在が必要ですが、示し合わせたかのような出来事が起こりました。

それは、植田の代表デビュー戦となった東アジア選手権の中国戦で右サイドバックで起用されたのです。

この中国戦で植田は及第点の働きを披露しました。

センターバック出身らしく、1対1に強く、中央のサポートもお手の物で、空中戦でも悉く勝利していました。

また、クロスの精度もまずまずでこのポジションへの適性を感じさせるパフォーマンスを見せました。

最終戦の韓国戦では及第点以下のパフォーマンスを見せてしまいましたが、これは植田が云々ということではなく、チームのパフォーマンスが完全に破綻していました。

ウニオンベルリンがターゲットして植田の移籍を狙っていると噂されたのが、12月初頭のことでした。

もちろん、西を失った鹿島にとっても植田が代表で右サイドバックの新境地を切り開いたのはポジティブな出来事といえるかもしれませんが、ウニオンベルリンにとっても、ほぼ不良債権となってしまっている内田篤人と植田をトレードするだけで選手層が拡充されるというのは非常にポジティブです。

ちなみに鹿島は植田が移籍した場合に備えてヴィッセル神戸の岩波にオファーを出したといわれています。

あとは、内田篤人、植田、鹿島、ウニオンベルリンの4者がこの移籍オペレーションについてどれだけの熱意を持っているか、というところにかかっているでしょう…

彼らはこの移籍の実現を望んでいるのか?

鹿島アントラーズに関しては、受け入れ態勢が整っていることをうかがわせます。

こちらは内田篤人の鹿島移籍の可能性を問われたときの関係者の話です。

「まだ何も話はしていない。今のチームでは(右サイドバックの)1番手ではないから。篤人がその気なら、いつでも門戸は開いている。そのために(背番号)2番も空けてある」

内田篤人の移籍復帰に対して可能性があることを強く示唆しています。

そして、内田篤人自身も鹿島への移籍へ魅力を感じているようです。

「(移籍市場が)オープンになったら毎回考えること。こういう状況だからそういう報道も出る」

内田篤人本人が言うように、契約は残っているものの、移籍の可能性を完全には否定しませんでした。

あとは、ウニオンベルリンと植田の意向ということになりますが、こちらは具体的なニュースはまだ届いてきていません。

もし、内田篤人の鹿島移籍が実現するとなれば、2018年1月

ヨーロッパの移籍市場が再開されてから、となります。

現時点ではこの移籍が実現する可能性は50パーセントといったところでしょう。

あるいは、植田をトレードに含まない単純な金銭だけの移籍成立の可能性も残されています。

内田篤人と鹿島アントラーズの相思相愛の関係は再び実現するのでしょうか…

いずれにしてもこの1月は内田篤人と鹿島アントラーズの動向から目を離すことが出来なさそうです。

今回は内田篤人の鹿島移籍の可能性についてお伝えしました。

そして、下のリンクでは日本代表のメンバーを紹介しています。

ワールドカップへ向けて残り6ヶ月となりましたが、内田篤人が23人という限られたメンバーの中に滑り込める可能性はあるのでしょうか?

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