【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑

2014年1月日本代表FW本田圭佑がミランのユニフォームに袖を通しました。多くのサッカーファンが憧れた伝統の赤と黒のユニフォームに日本人が袖を通したときにの感動をあなたは覚えていますか?しかも与えられた背番号は10番。赤と黒のユニフォームを纏った10番たちの栄光と共に、ミランのユニフォームを振り返っていきます。

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本日はACミランのユニフォームにまつわる回顧録をお伝えします。ミランファンはこう期待ください。

ミランの歴史

ACミランは1899年にミラノを本拠地として生まれたサッカークラブです。チャンピオンズリーグリーグの優勝7回、セリエA優勝18回、コッパ・イタリアで5度、インターコンチネンタルカップ5度の優勝の経歴をヨーロッパを代表するメガクラブの中のメガクラブです。チャンピオンズリーグに関しては2000年代に入って2度の優勝を経験しており、この成績はスペインのFCバルセロナの4回に次ぐ成績で、レアル・マドリーと同等の成績となっています。

【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑

特にイタリアの強豪である、ユベントスやインテル、ローマなどと比べると、欧州での実績に注力しており、これらのチームに比べるとチャンピオンズリーグの優勝回数は郡を抜いています。7回のチャンピオンズリーグ優勝はレアル・マドリーの10回に次ぐ第二位の成績となっています。

過去に赤と黒のユニフォームに袖を通した男たち

世界屈指の名門であるACミランには過去に多くの偉大な選手が所属しており、赤と黒のユニフォームに袖を通してきました。守備陣にはベルギーの知将となったDFエリック・ゲレツ、そしてカテナチオの体現者となったピエトロ・ヴィエルコウッド、現在もミランのユニフォームを着ているコーチのマウロ・タッソッティ、そしてミラン永遠のキャプテンである、フランコ・バレージ・・・数え上げたらきりがないほどの偉大な選手たちがミランのユニフォームに袖を通してきたのです。そしてその後、アレッサンドロ・コスタクルタとパオロ・マルディーニが現れ現役最後の時まで赤と黒のユニフォームを纏いました。そして、外様とはいえ、ミランのユニフォームを着て絶大なパフォーマンスを発揮したのが、アレッサンドロ・ネスタと元オランダ代表のヤープ・スタムです。鋼の肉体を持つこの二人はミランをチャンピオンズリーグ決勝に導いています。そして、その後にはブラジル代表として、2度のワールドカップ優勝を経験した右サイドバックのカフー、チャンピオンズリーグ優勝を経験した元チェコ代表のマレク・ヤンクロフスキ、ワールドカップ王者を経験したサイドのスーパーマルチロール、ジャンルカ・ザンブロッタが続きます。

【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑

どの選手も素晴らしい選手ばかりですが、やはりミランの栄光は二人のキャプテンによって紡がれたといっても過言ではありません。フランコ・バレージと、パオロ・マルディーニです。二人のキャプテンはディフェンスリーダーとしても卓越しており、何より赤と黒のユニフォームに対して人一倍強い愛着を持っていました。

ミランの中盤を彩った鬼才たち

ミランの中盤はテクニックとエレガントさに満ちた選手たちによって彩られています。サッカーのスタイルがより攻撃的だったからかもしれません。より硬質でフィジカル頼みの選手構成だったユベントスや、個の力やひらめきや力に頼りがちでまとまりにかけたインテルに比べると、非常に構成力のとタレント力が高い中盤を伝統的に擁してきました。

【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑

監督としてもミランの指揮をとったカルロ、アンチェロッティ、オランダ三人衆の一角で日本代表のエースが纏っている背番号10番を背負ったルート・フリット、そしてその相棒で知性あふれる振る舞いを見せるフランク・ライカールト。アヤックス時代に続き、ミランのユニフォームを纏ってチャンピオンズリーグを制しました。その後にはロベルト・ドナドーニが現れました。そして、サイボーグとも言われた鋼の肉体をもつフランス人マルセル・デサイー、司令塔ズボニミール・ボバン。そして赤と黒のユニフォームに心酔したデメトリオ・アルベルティーニ。2000年代に入るとフィオレンティーナから獲得したポルトガル代表のマヌエル・ルイ・コスタが中盤を取り仕切りました。そして、破壊的な得点力を誇り、ミランのユニフォームを愛した、ブラジル代表カカ、中盤の底の司令塔という新しいスタイルのさきがけとなったピルロ、万能型MFでミランの監督も務めたクラレンス・セードルフ、狂犬ジェンナーロ・イバン・ガットゥーゾ。彼らはアンチェロッティが築いたミランで長く赤と黒のユニフォームを纏い、黄金時代を築き上げた偉人たちです。ミランの近年の栄光は彼らによって成り立ったといっても過言ではないのです。

【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑

ちなみにアメリカで余生を過ごしていたイングランド代表のデビット・ベッカムもミランの魅力と赤と黒のユニフォームに憧れて、レンタルで加入しています。

ゴールを量産したストライカーたち

赤と黒のユニフォームを纏ってゴールを量産したストライカーたちもミランの栄光に貢献してきました。

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ワールドカップで得点王に輝く、1982年の優勝に貢献したパオロ・ロッシ、エレガントではありましたが怪我に泣いたマルコ・ファン・バステン、超人的な身体能力を武器に黒人プレーヤーの評価を上げたリベリアの怪人ジョージ・ウェア、チャンピオンズリーグ決勝でバルセロナを葬ったデヤン・サビチェビッチ、「オフサイドライン上で生まれた男」との異名をとったフィリッポ・インザーギはミランの監督もこなしました。赤と黒のユニフォームに対する愛着が人一倍強いこの伊達男は、ワールドカップ制覇も経験したタイトルコレクターです。ミランのファンにとってはチャンピオンズリーグの決勝で因縁の相手であるリバプールからあげた2ゴールは永遠の語り草となるでしょう。そして、ウクライナの矢アンドリー・シェフチェンコはあらゆる形でゴールを決められるストライカーとして相手の脅威となりました。

【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑

そして近年のセンターフォワードとしては、最高峰の評価を得たスウェーデン代表のズラタン・イブラヒモビッチも赤と黒のユニフォームに袖を通しました。リーグ優勝の請負人としてバルセロナからやってきたこの長身ストライカーは期待に違わぬ活躍でミランをリーグ優勝に導いています。最近はミラン復帰の噂がささやかれており、再び赤と黒のユニフォームに袖を通すことがあればミラニスタにとっては非常に感動的な出来事になるでしょう。

栄光の赤と黒のユニフォーム

ここまでは過去にミランに所属した偉大な選手たちを紹介してきました。ここには書けませんでしたが、ミランにはもっと多くの偉大な選手たちが在籍しており、彼らがミランの栄光を築いてきました。現在本田圭佑が纏っているユニフォームはそれだけ格式高いもののです。ちなみに本田圭佑のミランのユニフォームはこちらです☆

【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑

欧州で抜群の実績を残すミランはイタリアのチームの中では抜群のブランド力を誇りました。インテルのユースチーム出身のマリオ・バロテッリは何を隠そうミランのファンでもあります。現在はミランに所属する幸福を享受しています。インテル時代にはユニフォームを投げ捨てて、ファンやベテラン選手たちからお咎めを食らったこともあり、何かと奇行が注目される選手ではありますが、いまだにインテルのファンからは疎まれた存在となっています。赤と黒のユニフォームを着て再び輝けるか、現在はキャリアの岐路に立たされています。

ミランのユニフォームは外国人も憧れる

そしてミランは国際色豊かなチームとしても有名なチームで、多くの外国人選手が赤と黒のユニフォームを身に着けています。例えば、当時はほとんどの選手が自国の選手で固められていましたが、イングランドからレイ・ウィルキンスが移籍してきたり、前述のウェアが加入したりと多くの外国人がミランのユニフォームを纏ったのです。また、東欧系選手も多くミランに在籍しており、その走りがサビチェビッチやボバン、そしてシェフチェンコです。また、グルジア代表のカハ・カラーゼという選手も長くミランのユニフォームを着た選手です。やや地味ではありますが、左サイドバックとセンターバックをこなしたマルチロールで二度のチャンピオンズリーグ制覇を経験しています。現在は母国グルジアで政治家をやっているんだとか。それから多くのブラジル人もミランのユニフォームを着ています。カカやレオナルド、カフー、セルジーニョ、ジーダ、ロビーニョ、ロナウジーニョ・・・いずれも代表クラスのスター選手がミランでプレーした経験を持っているのです。

ミランのユニフォームのデザイン

ミランのユニフォームといえば、縦じまの赤と黒がとても印象的で、それがチームのニックネームとなっています。ロッソネーロとは直訳すると「赤と黒」の意味で、ミランのユニフォームを指しています。ちなみにユベントスがビアンコネーロで「白と黒」の意味です。ユベントスのユニフォームのデザインを指しています。ミランの宿敵インテルはネッラズーロで「青と黒」の意味で、これももちろんインテルのユニフォームを指しています。

世界にはユニフォームからクラブのニックネームが

世界にはユニフォームの色がクラブのニックネームになるケースが非常に多いです。例えば、レアル・マドリーはエル・ブランコで「白」を意味します。これは真っ白なレアルのユニフォームが由来となっています。日本ではレアルと呼ばれるのが一般的ですが、欧州では「色」で呼ばれるんですね。そしてエル・ブランコ永遠のライバルであるバルセロナはアスル・グラーナと呼ばれています。「青とエンジ」の意味です。えんじ色というのは少し日本人にはなじみのない色ではありますが、バルセロナのユニフォームの色と覚えておけばとても簡単ですね。このバルセロナのユニフォームを巡っては旨にスポンサーを入れるか入れないかで大論争になりました。結局現在バルセロナのユニフォームの胸にはスポンサー名が入っています。

総括~ACミラン栄光のユニフォーム~

本日は栄光に彩られたACミランのユニフォームについてお伝えしました。現在本田圭佑が纏っているミランのユニフォームには偉大選手たちが築いてきた歴史が凝縮されているのです。本田圭佑はミラン入団時にプレッシャーはないと言っていましたが、ミランでプレーすることとは、ユニフォームを愛すること、そして自分ではなくチームのためにプレーすることで、これは元キャプテンが常々口にしていたことです。果たして偉大な先人たちが築いてきた歴史とプレッシャーの両方を背負わなかればならない本田圭佑の本心とはどうなのでしょうか?しかも本田圭佑が背負うのは10番で、多くのエースたちがこの10番を纏ってミランを栄光に導いてきました。現在はかつてほどの輝きはないと揶揄されるミランですが、果たして赤と黒のユニフォームに再び栄光が帰ってくることはあるのでしょうか?そしてそこに本田圭佑の姿はあるのでしょうか?一ファンとしてこれからも赤と黒のユニフォームを着続ける本田圭佑の姿を見ていたいと思います。

本日は本田圭佑のミランのユニフォームについてお伝えしました。ミランは新年から絶対に落せない戦いが続きますので、赤と黒のユニフォームを着て、応援しましょう☆それでは、さようなら~☆★

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One Response to “【伝統】ミランのユニフォームに袖を通す本田圭佑”

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