努力の天才・本田圭佑

時に特大の才能を秘めた天才と言われることがある本田圭佑。日本代表のエースにしてイタリアの名門ACミランでプレーするこのレフティはきらびやかなスーツに身を包み、高級腕時計を両腕につけて、真っ赤なスポーツカーで去っていくその姿は、天才といわれた人間がたどり着いた一つの定点にも感じます。

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しかし、本田圭佑は本当に天才といわれるほどの才能に満ちていたのでしょうか?挫折はなかったのでしょうか?本日は多くの困難を努力に努力を重ねて乗り越えてきた男のエピソードをご紹介します。努力の天才・本田圭佑の珠玉のエピソードです。

幼少時代から大きな夢を抱いて

2008年に日本代表にデビューして以来、日の丸のエースに君臨してきた本田圭佑。ド派手な金髪とゴールパフオーマンス。そして、観衆の期待に答える勝負強さ。さぞ才能に恵まれた天才と思わせます。その姿は挫折など知らないもののようです。しかし、現実の本田圭佑は多くの挫折を経験してきましたが、その度に不屈の精神とたゆまぬ努力で困難を乗り越えてきました。一般的に言われているような、天才ではありません。本田圭佑は小学校の卒業アルバムでこのように書いています。

「世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。(中略)今はヘタだけど、頑張って世界一になる」

小学生にして壮大な夢を持っていることに対しても驚きですが、自分自身がヘタであると認識して公言しているところに、本田圭佑の強さが垣間見えます。この卒業アルバムは綴っているのはたゆまぬ努力をもって、その壁を乗り越えるという誓いでもあるように感じるのです。そして本田圭佑は血のにじむような努力をもってして、日本代表のエースになりました。もはやそれは当たり前の光景に思えますが、そうではないのです。本田圭佑は多くのライバル達との戦いを制して日本代表でそしてイタリアでプレーしています。

中学時代には挫折が…

小学校から地元のサッカースクールに通っていた本田圭佑は中学に入学すると部活動には所属せずガンバ大阪のジュニアユースのチームに入団しました。このときのガンバ大阪には家長選手や安田選手など、若くして日本代表に選ばれた天才と言われる選手が多く所属していました。特に家長選手はそのドリブルがアルゼンチンの天才・メッシにも例えられ、当時のガンバ大阪の西野監督や日本代表のオシム監督に目をつけられるほどの才能を持っていました。この天才レフティは若くして日本代表に招集されています。一方の安田選手もサイドならどこでもこなせる天才として名を馳せました。この時のガンバ大阪のジュニアユースチームは天才がズラリと揃ったいわゆる黄金の世代だったのです。本田圭佑もこの天才たちの中に混じって練習していましたが、ユースチームへの昇格は叶いませんでした。かねてから指摘されてきたスピード不足を問題視され、退団を余儀なくされました。このスピード不足の問題は本田圭佑のキャリアで常に指摘され続けましたが、このレフティは努力でもってしてこの不足感を解消しています。天才ともてはやされるライバルたちからおいてけぼりをくらった本田圭佑は15歳にして大きな挫折を味わったのです。

高校では部活動に所属して飛躍

大きな挫折を味わった本田圭佑は、高校に進学します。石川県の名門・星稜高校に進学しました。この高校の名前に聞き覚えのあるかたもいるかもしれませんが、プロ野球の巨人やニューヨーク・ヤンキースなどに所属した天才スラッガー松井秀喜選手の出身校として有名ですね☆

努力の天才・本田圭佑

高校時代には全国サッカー選手権や高円宮杯でベスト4に進出するなどして大きな結果を残しています。当時の星稜高校には現日本代表の豊田選手が在籍していました。今は代表で一緒にプレーする二人ですが、実は古くからの付き合いがあったんですね☆

努力の天才の運命的出逢い

努力の天才・本田圭佑はこの高校生の時期に運命的な出逢いも経験しています。妻の美沙子さんとはこの高校時代に出逢い、結婚し、今は二人の子供を設けました。対戦校のマネージャーだった美沙子さんに本田圭佑が一目惚れし、告白して付き合いが始まったとのことです。代表戦などでは本田圭佑のユニホーム姿で応援する美沙子さんの姿が話題になりますね。

努力の天才・本田圭佑のハートフルなエピソードです。

高校時代の努力も活躍が実る

挫折にくじけずに努力に努力を結果、大きな成果を残した高校時代の活躍がプロのスカウトの目に留まり、名古屋グランパスエイトへの入団が決まった本田圭佑。一年目からレギュラークラスに定着したことと見映えのよさからサポーターとチームからの信頼を瞬く間に集めました。二年目には完全に主力に定着し、ゴールにアシストにと奮闘しました。本田圭佑が天才だと言われがちなのはプロになってからのステップアップが非常に早かったからでしょう。プロデビューして三年目には海外に移籍し、日本代表にもあっという間に定着しました。多くの選手が血のにじむような努力を重ねてようやくたどり着く日本代表という地位にこのレフティは弱冠2 2歳でたどり着いたのです。

左利きという点も本田圭佑が天才だと印象づけた理由の一つかもしれません。日本代表で左利きといえば過去には多くのひとが中村俊輔を思い浮かべたでしょう。この天才・司令塔は華麗なパスワークでチームの危機をことごとく救ってきました。この天才と同じ左利きのアタッカーには当然、大きな期待が寄せられたのです。もちろん派手な見た目も少なからず影響したでしょうが…

本田圭佑や中村俊輔と同じく左利きのアタッカーだった家長はさんざん天才ともてはやされながらも、その特大な才能を伸ばしきることができず、日本代表とはすっかり疎遠になっています。これは伊藤翔や森本孝幸、宮市亮などに代表されるように多くの選手が若くして天才ともてはやされながらも、大成せずに消えていきました。もちろん彼らに努力が伴わなかったとは思いませんが、生き残った本田圭佑と、天才と言われた彼らの間には何か違いがあったのだと思います。サッカーに限らず他の多くのスポーツにも天才と言われながらも大成できなかった選手がたくさんいます。スポーツの世界の厳しい現実です。

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天才司令塔の幻影を努力で乗り越える

多くの人たちはもう代表でのキャリアが長くないように見えていた中村俊輔の後継者として本田圭佑に注目していたのではないでしょうか。逆に言えば、この金髪のアタッカーは中村俊輔の後継者として、そして天才としての大きな偏見とプレッシャーを受けてきたのです。そしてそれをたゆまぬ努力で乗り越えてきました。

本田圭佑と中村俊輔は不仲だったというのが一般的でしたが、多くのサポーターや論者はこの金髪の若者に日本代表のエースとしてチームを引っ張ってみせた中村俊輔の幻影を見ていたのです。

ワールドカップで飛躍!

自身初のワールドカップをスタメンとして迎えた本田圭佑は大会を通して2得点1アシストの大活躍を見せ、世界にその名をとどろかせました。特にデンマーク戦で見せたフリーキックは今でも代名詞となっています。この左足の無回転のぶれ球は本田圭佑が努力に努力を重ねた賜物となっており、今でも最大の武器です。

この大会で得た名声を手に、オランダからロシアの強豪・CSKAモスクワへの移籍を果たしました。このCSKAモスクワはロシア国内では屈指の強豪で近年ではチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグなどの国際大会でも目覚ましい活躍を見せています。

ロシアでの飛躍

2014年のワールドカップを目前に控えた本田圭佑はロシアで飛躍します。チャンピオンズリーグではスペインの強豪セビージャと対戦しました。そこで本田圭佑は再びぶれ球の無回転フリーキックを炸裂させました。ボールはGKのてをはじいてネットに突き刺さり、CSKAモスクワのファンを熱狂に巻き込んで見せたのです。また、努力に努力を重ねて再び放たれたこのフリーキックは劣性と思われた試合の状況を一変させCSKAモスクワは見事セビージャに勝利してみせたのです。

ロシア移籍後の試練

ロシアの地で実力をいかんなく発揮した本田圭佑ですが、突然キャリアに暗雲が立ち込めます。2013年の初頭に右膝の靭帯を負傷してしまったのです。当時のCSKAモスクワは低調で、日本代表のエースのいちはやい復帰が求められており、日本代表もワールドカップ予選がいよいよ終盤戦に差し掛かった難しい時期にありました。しかし、想像以上にこのレフティの怪我は重く、全治まで数ヶ月かかると診断されてしまいました。

窮地を努力で乗り越える精神的強さ

キャリアを大きく左右するこの怪我に悩まされるかと思った金髪のレフティですがまったく動じない強い一面を見せつけました。この危機をさらにパワーアップするチャンスだといい放ったのです。療養期間中にジムに通いつめた本田圭佑は、腰回りのインナーマッスルの強化に取り組みます。いわゆる肉体改造です。前述のようにスピードやアジリティに不足感があり、それを解消してプレイヤーとして一段上にあがるために、肉体改造をする決断をしました。もともとコンタクトに強かった本田圭佑ですが、努力に努力を重ねてスピードも身につけました。もちろんスピード系や瞬発力などの資質は生まれつきに持った部分が大きいので、トップクラスのスピードは身に付けることができませんてしたが、本田圭佑は自らの努力で持って自身の課題を解決して見せたのです。自分の欠点としっかりと向き合える本田圭佑の強さが垣間見えるエピソードです。これから30代にさしかかるこのレフティは、肉体的な衰えが見えてくる頃です。新たに噴出する問題にたいしてどのような努力をもってして乗り越えるのか、本田圭佑の今後のキャリアから目が離せません。

日本代表では天才的な得点感覚を見せつける!

大きな怪我をたゆまぬ努力と不屈の精神で乗り切ったレフティは日本代表にも復帰を果たします。復帰後の3試合で4得点という天才的な得点感覚を見せつけて、成果を残したこのエースは低調だったチームを再び上昇気流にのせてみせたのです。チームは予選突破がかかった試合で力強いパフォーマンスを見せて宿敵オーストラリアを圧倒します。スコアこそ劣性でしたが、プレッシャーのかかる場面でのPKをエースが沈めてみせました。

努力の天才・本田圭佑

華麗なパスワークやテクニックには定評のある日本代表ですが、肝心の得点力やゴールを狙う意識などは低いというのが一般的な評判です。レフティのエースが復帰を果たしたことで、得点力という課題が解消されたのです。この復帰後の数試合で再認識されたのが、エースの天才的な得点感覚です。ピッチを広く動き回りながらボールを受けてさばく役割を負いながらもチャンスと見るやミドルシュートやゴール前への飛び出しを披露します。チャンスをかぎわける天才的な嗅覚は特筆すべきこの金髪の武器となっています。

ブラジルの地で惨敗

2014年のブラジルワールドカップでは優勝を目標にすると掲げたこのレフティですが、結果はあえなく惨敗となりました。初戦のコートジボワール戦では見事本田圭佑がゴールを決めてみせましたが、逆転負け。2戦目のギリシャ戦でも一人少ない相手を終始攻めあぐねてスコアレスドローに終わりました。そして勝利が絶対条件の3戦目でもコロンビア相手に惨敗を喫し、エースにとって二度目のワールドカップは惨敗で終了しました。日本代表は強烈な批判を浴び、エースも辛辣な表現で酷評されました。

努力の天才・本田圭佑

大きな屈辱を味わった本田圭佑ですが、その後も努力に努力を重ねて日本代表での地位をキープし、代表では天才的な得点感覚を疲労しています。現在5試合連続の得点記録を更新中です。

夢だったミラン移籍を実現

2014年にミランに移籍した本田圭佑は序盤こそ適応に苦しみましたが2シーズン目の序盤は天才的な得点感覚を見せつけてゴールを量産し、インザーギ監督が率いるチームの中心的な存在になりました。

苦境を努力で乗り越えろ!

現在、ミランではほとんど出場機会がなく苦しんでいる日本代表のエース。恐らくこれまでのサッカー人生でも多くの困難を経験してきたと思います。今回の苦境にこのレフティの日本人は、努力に努力を重ねて乗り越えるのか、あるいは移籍など別の解答を導くのか目が離せません。

世界の天才たちも努力は最低限の条件と捉える

世界のトップにたつ天才たちも努力は最低限の条件と捉えてサッカーに打ち込んでいます。バルセロナの天才メッシは幼少期から卓越したテクニックとスピードを持っており、自分よりも体の大きな選手や大人と張り合ってプレーしてきました。何よりもプレーを楽しみ、それが努力し身体的なハンディを乗りこえる源になったのだとか。努力するために楽しむこと、これもひとつの才能なのかもしれません。

努力の天才・本田圭佑

レアル・マドリーのクリスティアーノ・ロナウドはとにかく自分自身を徹底的に追い込むタイプの努力家です。子供と遊ぶとき以外はエクササイズに集中し、早寝早起きと健康的な食事に特に気をつかっているんだとか。そして、このイケメンフットボーラーは先天的なセンスと磨きあげられた肉体、そして天才的なゴールへの嗅覚をもってして世界最高のスコアラーになりました。

努力の天才・本田圭佑

そしてメッシと同じく天才と言われるネイマールも常に自分が所属するコミュニティーで一番になろうと心がけているといいます。地元のチーム、クラブ、学校そして今はブラジルの命運をその双肩に背負っています。今はまだ天才メッシがいるので頂点に辿り着けてはいませんが次のナンバーワンはネイマールだというのが一般的な評判です。頂点にたどり着くというモチベーションがネイマールが努力に努力を重ねることができる源泉だと言えます。

努力の天才・本田圭佑

彼らのように世界の頂点に到達した天才たちにとっても努力というのは必要な要素なのでしょう。天才たちの言葉は重みがあります。

練習嫌いの天才たち

サッカーの世界には才能だけで世界の頂点にたってしまった天才の中の天才がいます。彼らは努力なんか知るか!といったスタンスで自由気ままにプレーしてきました。

努力の天才・本田圭佑

その筆頭はやはりアルゼンチンの英雄ディエゴ・マラドーナ。神の手や五人抜きなど多くの伝説的なプレーをしてきた天才の中の天才です。これまでもアルゼンチンでは多くの天才が現れて彼らはマラドーナの再来と言われました。しかし、彼らはそのプレッシャーに耐えられず、トップシーンから姿を消しました。マラドーナは大の練習嫌いで、女遊びが大好き(笑)自分が知らないところで生まれたであろう子供は世界中にいるだろうと発言したことで、周囲を仰天させました。しかし、マラドーナは選手としてはほぼ独力でアルゼンチンをワールドカップ優勝に導いて見せました。恐らく、ワールドカップ・イングランド戦での5人抜きを覚えていらっしゃる方は多いのではないかと思いますが、マラドーナはまさしく誰も予測のできないプレーを簡単にやってのける天才の中の天才でした。

努力の天才・本田圭佑努力の天才・本田圭佑

そしてブラジルの天才ファンタジスタ、ロナウジーニョも大の練習嫌いで有名で、夜遊びが原因で一度は世界の頂点にたちましたが、転落もあっという間でした。やはりロナウドのような日々の摂生や努力って大事なんだなと思わせる選手です。ちなみにミラン時代にはパトなど若手を引き連れて夜遊びに呆けており、真面目で努力家で勤勉だったパトに夜遊びを教え、選手としてのキャリアを転落させるきっかけを作ったといわれるロナウジーニョ。さすがに後輩を巻き込んじゃうのはまずかったですね(苦笑)。ただエラシコやノールックパスなど随所に才能を感じさせる天才的な閃きで見るものを楽しませてくれたのもこのロナウジーニョであることを忘れてはいけませんね。

努力の天才・本田圭佑

そしてもう一人ブラジルからはロマーリオを紹介します。気分が乗らなかったり、監督が気に入らないとか訳のわからない理由で練習をボイコットしまくっていたのが、このロマーリオ。暴力事件や舌禍事件は数知れず。多くの問題を巻き起こしてきた問題児です。今は国会議員をやってるというから人生わからないものですね(笑)ちなみにブラジルの怪物ロナウドはロマーリオを兄のように慕っていたことでも有名です。天才同士相通じるところがあったのでしょうか。

そしてもう一人ブラジルからは天才ドリブラー、ガリンシャを紹介します。とにかくお酒が大好きだったこの不世出の天才は練習嫌いとしても有名でした。生まれつきに両足の長さが同じでないというハンディを抱えながら、天才的な閃きで見るものを惹き付けてきました。努力とは無縁の選手でしたが、独特の閃きを持った稀有な選手でした。ドリブルだけで大きな違いを見せることができた天才です。ちなみにガリンシャはアルコールが原因で50歳の若さでこの世を去っています。

努力の天才・本田圭佑

ちなみに彼らに共通するのは戦術的にはさほど長けた選手たちではなかったことです。もしかしたら一握りの天才にしかわからない世界があって、それはいくら努力に努力を重ねても到達できない領域なのかもしれないですね。

努力の天才・本田圭佑

現役の選手で天才と言えば、スペインが生んだ芸術家ファン・カルレス・バレロンがあてはまるでしょう。フィジカルも得点力も凡庸でしたが、パスだけで相手ディフェンスを切り裂くことが出来ました。このバレロンは寡黙で真面目な努力家であることでも有名で、サッカー雑誌のワールドサッカーダイジェストでは頻繁に彼が登場し、この天才のありがたい言葉を私たちは読むことができます。現在はラス・パルマスというチームでプレーしています。

総括~努力の天才・本田圭佑~

本日は努力の天才・本田圭佑のエピソードの数々をお伝えしました。天才という偏見とプレッシャーを受けながらも実際は全く天才タイプではない本田圭佑。しかし、そのプレッシャーを不屈の精神と努力に努力を重ねることで乗り越えてきました。このレフティの名言にこんなものがあります。

「俺なんて全然天才タイプじゃないし。それで才能がないから諦めろなんて言われたら、どれくらいの人が一瞬で諦めなきゃならんねん」

若い頃から多くの天才的な才能を持った選手たちと競ってきた本田圭佑。そして今や日本代表で最高の選手という称号を得ています。それはこのレフティが努力に努力を重ねることで、ライバルたちを蹴散らしてきたからです。本田圭佑のような最高峰のレベルにたどり着いた人間でも自分が必ずしも天才ではないと感じているということは、努力できるということがいかに偉大な才能であるかを感じます。このレフティの場合はとりわけ努力できる才能に秀でていたのでしょう。この金髪のアタッカーの言葉や行動は多くの人々の注目を集めます。もちろん時に大胆であったり突飛な行動もあって注目を集めるのもありますが、何よりも人々の心を打つから注目を集めるのかもしれないと、筆者は思います。本田圭佑の名言は他のスポーツに打ち込んでいる人やビジネスマンにも通じる、人間的な深みや強さの重要性を示唆してくれますね。過去にNHKで放送された「プロフェッショナル~仕事の流儀~」では本田圭佑的な思考や努力の重要性がよくわかります。この動画は非常に有名で多くの人々から視聴されています。本日は日本代表のエースが努力に努力を重ねて、天才と言われたライバルたちとの戦いに勝利してきた数々のエピソードをお伝えしました。天才ともてはやされた本田圭佑に意外な過去があることをしり、そして困難のたびに努力に努力を重ねて今の姿があるのだと感じました。まさしく在るべくしてある、ですね☆

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