【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

日本代表のエースにしてイタリアの名門ACミランの本田圭佑の名言が凄すぎると話題になっています!この金髪のMFといえば、これまでにも数々の名言を残してきて、私たちにたくさんの勇気をくれました。人々に努力することの大切さ、そして逆境にも負けない精神の強さの大切さを教えてくれる珠玉の名言をご覧ください!

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プロ入りをしてから渡欧、そしてACミラン移籍、そして日本代表のエースに到達するまでの道のりがあまりにも早かったことで、時に人々から天才と誤解されることが多い、この金髪のレフティですが、実は何よりも努力を重んじてきた人間でした。数々の挫折や敗北を経験してきましたが、その度に凄まじい努力で苦境を乗り切ってきたのです。本日はそんな人間としての本田圭佑のサイドストーリーも織り交ぜながら、この金髪のレフティの名言の数々を振り返って生きたいと思います。

人生最初の挫折も努力で乗り越える

この金髪のレフティは既にACミランで括弧たる地位を手に入れています。かつてはほとんどの時間をベンチで過ごし、試合終了間際にの数分に時間稼ぎとして出場するだけの存在でした。しかし、不屈の精神と多くの選手が賞賛した努力をもってして、現在は完全にミランの主力としての地位を手に入れて、現在は13試合連続でスタメンで出場しています。4月3日に行われるセリエAミラン対アタランタとの一戦で14試合連続出場を記録を伸ばしそうな状況です。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

既にミランでも日本代表でも主力としての地位を手に入れた感のある本田圭佑ですが、実は幼少時代はほとんど期待されていない選手でした。ガンバ大阪のジュニアユースチームに所属していたこ金髪のレフティですが、高校に入学する際には同期の選手たちと同じようにユースチームに引き上げられることはありませんでした。そこで大きな挫折を経験しましたが、遠回りを余儀なくされた石川県の星稜高校から、弛まぬ努力でのし上がり、日本代表クラスの選手へと成長しました。その本田圭佑の生き様を示す名言がこちらです。

壁があったら殴って壊す。道が無ければこの手で作る。

本田圭佑らしい力強い名言です。普通の人ならこのような経験をしたら、心が折れ挫折し、サッカーを辞めてしまう人もいたでしょう。しかしこの日本代表のエースは挫折を経験しながらも、人一倍の努力でのし上がっていきました。高校卒業後、名古屋グランパスへの入団、そして日本代表へのデビュー、欧州移籍とあっという間にスターダムを駆け上がった本田圭佑。自分の手で道を切り開いたこの男のもうひとつの素晴らしい名言がこちらです。

何で他人が俺の進む道を決めんねん。
自分の道は、自分が決める。

こちらもまさしく本田圭佑節ともいえる、力強い名言です。そして、心が折れかけている人、目の前の出来事から逃げ出したいと思ったと沖に、苦境を乗り切る力をくれるのがこの名言です。

挫折は過程、最後に成功すれば挫折は過程に変わる。
だから成功するまで諦めないだけ。

世界には多くのジャンルで活躍する、その分野の第一人者と言われる人がいますが彼らも一様に多くの挫折を繰り返しながらも、努力に努力を重ねて、頂点にたどり着いたのです。この本田圭佑の名言には、前を向く勇気をくれます。「この挫折を乗り切れば、自分もひとつ成長することができるかもしれない」そんな努力する希望を与えてくれる珠玉の名言といえます。そしてこの名言は、多くの挫折を繰り返しながらもそのたびに弛まぬ努力で、乗り越えてきた本田圭佑の発言だからこそ、重みをもつ名言です。大きな成功を手にした後に思い返したい名言です☆

人々に誤解されがちだった努力の人

本田圭佑は天才だと勘違いされがちな選手です、上述したガンバ大阪での挫折のエピソードはさほど有名な話ではありません。しかし、この金髪のレフティがプロデビューしてから、日本代表のエースに上り詰めるまでは本当にあっという間でした。多くの人々は本田圭佑の人生の一部分だけを切り取り、「天才」だと思っているのかもしれません。事実、この金髪のレフティが日本代表のエースに上り詰めるまでの時間は本当に短い時間でした。2008年に日本代表にデビューすると2010年のワールドカップでは当時の日本代表のエースだった中村俊輔を追い落として、エースの座に就きました。そしてそれ以降、本田圭佑はずっと日本代表のエースとしての地位を我が物としています。この中村俊輔が日本代表のエースになるまで数年、それもワールドカップ出場が当確と噂されながらも、2002年のワールドカップでは23人のメンバーから落選するなどの、経験を強いられたことを考えると、二年という短さは特筆に価するものです。そして、「天才」といわれがちな自身のイメージを否定するこの金髪のレフティの名言がこちらです。

俺なんて全然、天才タイプじゃないし。
それで才能がないから諦めろなんて言われたら
どんだけの人が一瞬で諦めなきゃあかんねん。

今でこそ日本代表のエースに君臨し、さらにはイタリアの名門チーム、ACミランで背番号10番を張るほどの実力者となった本田圭佑ですが、実際は努力に努力を重ねてこの地位にたどり着いたのです。ガンバユースでの挫折、そして何度も噂されてはかなわなかった西欧のビッグクラブへの移籍、ワールドカップでの敗戦。多くの障害がこの金髪のレフティの目前に立ちはだかりました。

自分の夢、そんなに簡単に諦められるかって話でしょ。

この名言はとてもシンプルですが、それでもストレートに人々の胸に突き刺さる名言です。それでは、この金髪のレフティの夢とは何なのでしょうか?その答は、この男の小学校の卒業文集に書かれていました。その卒業文集がこちらです。

ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。
世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。
だから、今、ぼくはガンバッている。
今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。
そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。
Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。
そしてレギュラーになって10番で活躍します。
一年間の給料は40億円はほしいです。
プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人が、このぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。
一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。
セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰りミーティングをし10番をもらってチームの看板です。
ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。
この得点も兄と力を合わせ、世界の強ゴウをうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることが、ぼくの夢です。

とても小学生が書いたとは思えない具体的な卒業文集です。本田少年は小学生の時から、ワールドカップへの出場、そしてイタリアでのプレーという夢を描いていました。後者に関してはミランに移籍したことで既に実現させています。しかし、実際ミラン移籍までには非常に長い時間がかかりました。2008年にオランダに移籍し、ミランにたどり着くまで6年の時間を必要としました。そのときこの金髪のレフティは27歳になっており、ミランで初めてプレーするにはやや年齢が高かったのです。その時間がかかったミラン移籍について、この男はこう語っています。

俺の人生は山あり谷あり。そう考えると今は谷底にいる。
まだCSKA(モスクワ)にいることもそう。
他(の選手)を見てください。
俺の考え(未来図)とは違う。

この名言にあるとおり、CSKA時代からミランに移籍するまでには非常に長い時間を擁しました。何度も移籍決定の報道が流れましたが、その全てがデマでした。結局CSKAとの契約が切れる2013年末まで時間がかかってしまい、ミランに移籍が決定したのは、2014年の1月のことでした。ミランは移籍金を支払ってまで、本田圭佑を獲得する価値があるのか常に二の足を踏んでいる状態を繰り返していました。また、CSKA側もなるべく移籍金を発生させてこの金髪のレフティの売却したい意向がありました。そのため、ミランとCSKAの交渉は長く平行線をたどったままの状態でした。結果的に、CSKAの会長は本田圭佑が無償でミランに去ったことを批判していますが、この金髪のレフティはミランに無償で移籍したことに対し、何の発言もしていません。ただ、CSKAでの晩年の金髪のレフティがCSKAから出て行き、ミランに行きたがっていたことは恐らく事実でしょう。

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なぜミラン移籍まで努力しつづけることができたのか?

多くのサッカー選手は自分が望むような移籍や給料が実現しないとモチベーションを落し、パフォーマンスも下降してしまうことは非常によくあることです。しかし、本田圭佑はミラン移籍が何度となく破談に終わっても、全くモチベーションを落すことなく、CSKAで主力級のプレーを披露し続けました。そして、この金髪のレフティが常にトップクラスのパフォーマンスを保ち続けることができた理由も、この男の名言の中に秘密がありました。それがこの名言です。

一年後の成功を想像すると
日々の地味な作業に取り組むことができる。

ミラン移籍には時間がかかってしまいましたが、一年後は違う環境にいられるかもしれない、そう思うとパフォーマンスを保てるのだそうです。これは誰にでも言えることかもしれません。やりたいことがあるけどスキルやお金、時間が足りない。そう思っていても時間さえたって、その間に努力してレベルアップすれば自分の目標に少しでも近づくことができるかもじれません。この金髪のレフティの名言には誰に対しても、言えるような普遍的なものが非常に多いように感じます。それでもこの名言の通りに精神を保ったり、努力するのは非常に難しいのですが・・・

本田圭佑、名言集!

ここまでは本田圭佑のこれまでのサッカーキャリアと併せて数々の名言をお伝えしてきました。そしてここからは本田圭佑が、自身のHPで公開している『本田圭佑語録』をお伝えしましょう。まずはこの名言です。

「相手のことを思うなら俺は褒めずに厳しいことを言うね。」

これは、まさしく本田圭佑らしい名言のひとつですね。褒めて伸ばすなんていう言葉もありますが、本田圭佑自身はこれまでのサッカー人生において、自分に対して厳しいタスクや言葉をかけて、それをバネにして逆境を力に変えてきました。そしてそのたびに努力し、人々の期待に応えてきたのです。あえて厳しい言葉をかけて、それを耐えてさらに努力し成長しようとする精神を身につけることも含めて本田圭佑は相手に期待しているということなのでしょう。最近、この名言を思わせる対象は川崎フロンターレに所属する小林祐希選手でしょうか。6月のキリンカップで日本代表に初めて召集された小林選手は本田圭佑とは同じ左利きで体格もほぼ同じです。さらに発言も本田圭佑に近しいものがあります。実際に本田圭佑に強い憧れを抱いているといい、ミラノに赴いて話を聞き新田という逸話まであります。現在の日本代表においては『本田圭佑の後継者』として期待されている若き選手の一人です。本田圭佑がこの小林選手にかけている言葉が、まさにこの名言の通りです。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

そして次世代の日本代表選手の教育や輩出に常に気を配り、身銭をなげうってきた本田圭佑が子供たちにささげる名言がこちらです。

「ひとりでも多くの子に、勝負の楽しさを知ってもらいたい。負けず嫌いな気持ちを前面に出してもらいたい。」

最近では新しく東南アジアのカンボジアでのサッカースクールを開校することを表明し、注目を集めている本田圭佑。これまでにも東南アジアではタイでサッカースクールを実施しています。そして既に国内では本田圭佑のサッカースクールは全国にあります。そんな未来の本田圭佑を目指す子供たちにささげる金言がこちらです。本田圭佑に限らず香川真司も内田篤人もないよりも他の選手やライバルたちに負けないという、反骨精神を武器にこれまでのサッカー人生を戦ってきました。相手に負けないというメンタリティは何も、サッカーだけにいえるのではなく、勉強においても仕事においても非常に重要なメンタリティになります。それはもちろん相手を蹴落とすといった意味合いではなく、共に切磋琢磨するという意味です。特に本田圭佑は現在はミランに所属し、華やかな選手生活を送っているようにも見えますが、中学生の頃にはガンバ大阪のユースチームで失格の烙印を押されています。そのため、高校では部活動に励みそこからのプロ入り、そして日本代表選出という夢を果たしています。

上述した名言で「壁を壊す」という名言がありましたが、本田圭佑は壁にぶち当たりながらも努力することで壁を打ち破り、そしてACミランというビッククラブにたどり着いたのです。しかもこの名言のすごいところは『楽しさを知ってもらいたい』とあるところです。確かに物事に必死になって取り組むと、時間のたちが早く、その時間があっというまに経過してしまったような感覚になりますよね。そして、その時間が『楽しかった』と感じた経験があるのは筆者だけではないでしょう。本田圭佑のこの名言はそんな、必死になることの喜びも教えてくれるのです。

サッカーの神様はいるのか?

最後に努力に努力を重ねてきたものだけに与えられるご褒美があると、この金髪のレフティは名言を残しています。その名言はこちらです。

オレは神様はいると信じてる。
今まで、オレが苦しんでいる時、必ず神様は後でご褒美をくれた。

皆さんも努力に努力を重ねたその後に思わぬ成果が出たりした経験はないでしょうか?本田圭佑はその経験をサッカーの神様が施してくれると考えているようです。本田圭佑ほどの努力と成功を繰り返してきた人でもそんな風に素朴に感じることがあるんですね。

イタリアの英雄の名言

ここまでは、ミランの本田圭佑の名言や努力にまつわるエピソードの数々をお伝えしてきました。ここから先はサッカー界の偉大な英雄たちの名言集をお伝えしましょう!まずはイタリアの英雄で、本田圭佑と同じくミランでも活躍した至宝ロベルト・バッジョの名言です。

PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持ったものだけだ

これは1994年のアメリカワールドカップの決勝でPKを外したときにバッジョが放った名言です。このPK失敗によりバッジョはワールドカップでの戦犯扱いをされてしまうのですが、それでも極限の緊張と披露の中で、PKのスポットにたつことを拒まなかったバッジョの精神力は特筆に価するものです。そして、このポニーテールの英雄のもうひとつの名言で、筆者が個人的に非常に好きなのが、こちらです。

今を戦えない者に、次や未来を語る資格はない

これも非常にしびれる名言です。バッジョは非常に怪我が多い選手でしたが、それでもその怪我に屈せずピッチに立ち続けた経験があります。その点ではミランの後輩である本田圭佑と相通ずるものがあるかもしれません。そして、もうひとつ筆者がとても好きな名言がこちらです。

僕の知っているドーピングはただ1つ、努力だ。

最高にしびれる名言ですね。いつか自分も大きなことを成し遂げた時に言ってみたい名言です。まさしく厳しい状況の中でも「バッジョなら何とかしてくれる」という期待を一心に背負ってきたこの男だからこそいえる、努力にまつわる素晴らしい名言です。

世界最高の選手の名言

いまや歴史上最高の選手とも言われるアルゼンチン代表でバルセロナに所属するリオネル・メッシ。寡黙なこの男にも実は素晴らしい名言があります。それがこちらです。

努力すれば報われる?そうじゃないだろ。報われるまで努力するんだ

メッシは生まれながらに成長ホルモンの病気で身長が伸びないというハンディキャップを抱えていました。しかし、努力に努力を重ねることで、天与の俊敏性にドリブルのやパスセンス、アシスト能力、シュートテクニック等が備わっていき、世界一の選手へと到達しました。メッシの素晴らしいプレーを生んでいるのは才能だけではなく、努力の賜物なんですね☆

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

既にチャンピオンズリーグを4度、バロンドールを4回受賞しているメッシはもうしばらく世界最高の選手として君臨しつづけるでしょう。そのメッシの栄光を支えたのは、間違いなく本人の努力といえるでしょう。

トータルフットボールの生みの親の名言

先日に68歳の若さでその生涯を閉じた元オランダ代表のヨハン・クライフの名言も紹介しましょう。現代サッカーの主流となっっているパスサッカーの源流を作ったのがこのオランダ人で、パスサッカーの真髄がこの名言に全て含まれているといっても過言ではありません。

ボールを動かせ、ボールは疲れない

確かに人間は走り回ると疲れますが、ボールはどんなにパスをまわしても疲れることはなく半永久的に転がり続けます。この名言が後のペップ・グアルディオラに引き継がれ、現在の史上最強とも言われるバルセロナの強さの源なっています。クライフは本田圭佑とはさほど関係ないように思えますが、ミランは過去にアリーゴ・サッキによって、トータルフットボールに独自のプレッシングや守備戦術をミックスさせた、ゾーンプレスという戦術を生み出しています。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

その戦術の中心にいたのが、クライフと同じオランダ人のフランク・ライカールトやルート・フリット、マルコ・ファン・バステンなどがいたことを考えると、ミランともさほど無関係とは言いがたいような縁を感じてしまいます。この時のミランは史上最強チームのひとつとしていまだに語り継がれていますしね☆バルセロナとのチャンピオンズリーグ決勝では戦前の予想を覆す大勝を飾っています。素晴らしきオランダ人の冥福を祈りましょう。

ミランの英雄も逝去

少し悲しい話題が続きますが、ミランのレジェンドであるチェーザレ・マルディーニも先日永い眠りにつきました。このチェーザレといえば、ミランの先輩でありレジェンドです。また、息子のパオロ・マルディーニもミラン一筋で現役を務め上げた英雄として、祭られています。ミランにとってこのチェーザレの最大の功績は、息子を育て上げたところにあることかもしれません。それほどまでにパオロは偉大な存在でした。そんなパオロ・マルディーニの名言がこちらです。

サッカー選手として本当に大事なものが何なのかを教えてくれる人がいなかったら、

そして近くに模範となる人がいなかったら、

こんなに長く現役を続けられなかった

このマルディーニの名言において、「模範となる人」の中に父チェーザレが含まれていることは間違いないでしょう。マルディーニは現役を20年続けていますが、この記録はフィールドプレーヤーとしては恐らく永遠に破られることのない歴となることでしょう。マルディーニはもって生まれた才能や身体能力だけでなく、複数のポジションに対応する適応能力や努力する重要性を理解していた数少ない二世の選手でした。また、晩年は怪我との戦いもありましたが、その度にリハビリに精を出して努力し、パワーアップして戻ってきています。また、加齢による衰えが迫ってきても戦術眼やポジショニングを努力して強化し、現役最後の時まで一流のDFとしての地位を守り続けました。マルディーニがいなくなってしまってからのミランが大きく力を落としたのは偶然ではないでしょう。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

一方で、チェーザレのミランにおける功績も忘れてはいけません。チェーザレは長らくベンフィカとレアルに独占されていたチャンピオンズリーグのタイトルろイタリアに持ち帰ったときにミランのメンバーでした。また、イタリアの代表監督としても1998年のフランスワールドカップでアズーリを指導しています。チェーザレにもちょっと変わった名言がありました。その名言がこちら。

アッズーリが必要とするのは”労働者”であって、ファンタジスタではない。

このファンタジスタのことはロベルト・バッジョのことを指しているのですが、結果的にバッジョは活躍したので、チェーザレは代表監督としてはさほど評価されませんでした。しかし、このチェーザレの名言はその後のミランやイタリア代表、そして世界のフットボールに4-4-2というファンタジスタを置かないシステムを流行らせた一因とはなりました。一時期のサッカーのフォーメーションで、何をするにも4-4-2だった時代があったほどです。バッジョに関してはミランにも所属し、多くの素晴らしい名言を残していますが、一方で国民からは愛され待望論がワールドカップやユーロの度に巻き起こり、監督の人選に影響を与えるので、歴代のイタリア代表監督からは嫌われる存在となってしまいました。それでもチェーザレのミランでの功績は全く評価されないというのはないのですが・・・ちなみに現在ミランのユースチームには19歳になったクリスチアーノ・マルディーニが在籍しています。そう、パオロの息子であり、チェーザレの孫にあたります。このマルディーニ家最後の末裔がミランのユニフォームを着て、ピッチに立ってくれた時には、素晴らしい感動をミランサポーターに与えることでしょう。

ミランの先達たちの努力もすごい!

最近の若いファンの皆さんはあまり馴染みがないかもしれませんが、本田圭佑にとってはミランの先輩である元ブラジル代表FWリバウドも素晴らしい名言の持ち主です。リバウドの名言はこちらです☆

「あのW杯のカップは黄金で出来ているからまぶしいわけじゃないんだ。差別も貧富の差もないピッチでの戦いを勝ち抜いた、豊かで強い心に満ち溢れたサッカー選手たちが手にした瞬間に輝くんだ。」

とても詩的な名言です。いまや世界最高の人気スポーツとなったサッカー。南米や欧州だけでなく、アジアや北米でも人気を集めるメガコンテンツになりました。いまやワールドカップの決勝は30億人が見ると言われています。多くの人種や出身、境遇の選手たちが一堂に介するワールドカップを制することは世界最高の栄誉なのです。貧困層出身のリバウドは、少年時代から身長が伸びず、体格も細身で才能には恵まれていましたがトップレベルで活躍するにはフィジカル能力が不足していると言われていました。しかし、ブラジル時代に懸命な努力を重ね、過酷なフィジカルトレーニングを積むと、もともと恵まれていた才能に加えて、強靭な身体能力が加わり、世界有数のアタッカーに君臨しました。意外にも努力に努力を重ねて這い上がってきた苦労人なんですね。この名言も逆境の中でもめげずに努力に努力を重ねてきた、リバウドだからこそ人々の胸に響く、名言が言えたんですね。クラブレベルではミランよりもスペインのバルセロナやデポルティーボでの活躍が非常に印象に残っています。ミランではチャンピオンズリーグこそ制していますが、さほど印象的な活躍はできませんでした。むしろミランの後に在籍したギリシャでは円熟の輝きを披露しました。私たちの記憶の中で特に印象的に残っているのは、やはり2002年に行われた日韓ワールドカップでの活躍です。ロナウド、ロナウジーニョとともに形成された「3R」が猛威を振るい、「史上最弱のブラジル」と揶揄されながらも、素晴らしいコンビネーションで競合たちを次々と撃破しました。リバウドに関してはイングランド戦での同点ゴール、そして決勝のドイツ戦でのロナウドに渡ったスルーなどの要所を押さえたベテランらしいプレーを見せました。また、グループリーグのトルコ戦では、相手選手がコーナーフラッグに立っているリバウドに向けて渡そうと蹴ったボールが膝に直撃。なぜか顔を抑えて悶絶するリバウド。そして相手選手も退場になり、ブラジルも勝利するという不可思議な出来事も話題を呼んでいます(笑)

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

今にして思えば、このときのブラジル代表はロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、ジーダ、カフー、ロッキ・ジュニオールとミランに在籍したことのある選手が多く出場しました。ジーダ以外は主力としてワールドカップ制覇に貢献しています。ミランは歴史的にブラジル出身の選手が多いチームですが、こうやって改めて振り返ってみると、本田圭佑はすごいチームに所属しているんだなと感じさせられます。

笑顔の天才ロナウジーニョ!その名言もご紹介!

この人もミランにおいて本田圭佑の先輩にあたる方ですが、元ブラジル代表のロナウジーニョと、この天才の名言をご紹介しましょう!ブラジルのグレミオ、パリサンジェルマン、バルセロナ、ミランと名だたるメガクラブを渡り歩いてきたロナウジーニョ。現在は36歳で、メキシコでキャリアの集大成を飾ろうとしています。前述の通り、ワールドカップではブラジル代表として優勝。バルセロナではメッシ、エトーらとスリートップを組んでチャンピオンズリーグ制覇を成し遂げました。ミランではアレッシャンドレ・パトやイブラヒモビッチを操りながら自身もドリブルとテクニックで局面を打開するウイングの役割を果たしました。このロナウジーニョの名言がこちらです。

サッカーは観客に楽しんでもらえば、その何倍もサッカーが楽しくなる。

ロナウジーニョは努力に努力を重ねて頂点を目指す…といったタイプとは程遠い存在です(笑)夜遊びやリオのカーニバルが大好きで常に遊ぶことばかり考えていると噂されていました。バルセロナ時代には生活態度を巡って首脳陣と衝突し、放出の対象になってしまったり、ミランではブラジル代表の後輩アレッシャンドレ・パトを夜遊びに勧誘。その影響でパトのキャリアを停滞させてしまったという説まであります。そしてブラジル代表では努力と献身を信条とするドゥンガから放逐されてしまいます。ちなみにこのドゥンガも厳つい名言の持ち主です(笑)そんな努力とは無縁の夜遊び男・ロナウジーニョ。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

しかし、この男の魅力はなんといってもその笑顔にあります。名言にもあるように、何よりもサッカーを愛していました。その愛情は、背中を使ったパスや超高速で繰り出されるエラシコ、ノールックパスなど奇想天外なプレーなど、端々に感じさせました。特に2004年から2006年頃のロナウジーニョは手がつけられず、この時のロナウジーニョは未だに「世界最高の選手だった」と評価する者もいます。特に現在世界最高のプレーヤーであるメッシはロナウジーニョのプレーにイマジネーションを与えられていたといいます。プレーの最中にも見られる笑顔は多くの人々の心を捉えていました。祖国ブラジルではあの元ミランのカカよりも圧倒的に人気があります。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

こちらはカカと本田圭佑の画像です。カカは何よりも効率やスピードを重視して育てられた非常にヨーロッパ的な選手です。派手なテクニックなどは持ち合わせていません。ただ、選手時代の実績ではロナウジーニョを上回っています。しかし、ブラジルの人々はカカよりもロナウジーニョを愛します。なぜならロナウジーニョのプレーにはブラジルが育んできたフットボールの香りをふんだんに含んでいるからです。エラシコやヒールパス、ノールックパスなどはロナウジーニョがビーチやストリートで学んだものです。あるいはロナウジーニョが欧州サッカーになかなか適応できず、カカがあっさりと順応したのは、サッカーをプレーする環境に大きなちがいがあったからかもしれません。

ロナウジーニョはその自慢のテクニックをビーチで鍛えました。ビーチでプレーするのは予想以上に難しく、テクニックはもちろんのこと脚の全体のインナーマッスルを酷使するので、非常に大変なのです。この過酷な環境下でのプレーに順応したのですから、ロナウジーニョも努力しなかったわけではないかもしれませんが、ロナウジーニョはそのことを努力として捉えませんでした。

「あくまでサッカーは楽しむもの。努力して打ち込むものではない」

彼のプレーを見ているとそんなロナウジーニョの言葉が聞こえてきそうな気がするのです。

現代サッカーは常に戦術やチームへの貢献性が問われます。前線からのプレッシング、効率の良い攻め、高度な守備戦術…これら全てをロナウジーニョは不得手としてきました(笑)そんなロナウジーニョでしたが、やはり現代の欧州サッカーでロナウジーニョのような遊び心と観衆を楽しませてくれるようなプレーをする選手がいるかどうかと問われると、やはりロナウジーニョほど見ていて楽しかった選手はいないと言わざるを得ません。あるいはこの感覚は40歳から50歳位のオールドサッカーファンの皆様がディエゴ・マラドーナに対して感じるノスタルジーと同じなのかもしれません。

ロナウジーニョのプレーをみたことがない方は少しでも彼のパーソナリティーが伝われば幸いです。事あるごとに努力を口にし、そして少し悲壮感すら漂わせるほどの練習に取り組む本田圭佑。ちなみに本田圭佑とロナウジーニョは共にプレーすることはありませんでした。一方でロナウジーニョはあくまでサッカーを遊びと捉え、あまり努力ということは口にしませんでした。生まれながらの楽観主義者なのかもしれません。それでもロナウジーニョが人々の心から忘れられることのないレジェンドであることはいうまでもありません。ここでは努力よりも遊びの男、ロナウジーニョの名言をお伝えしています。

元ミラン、イブラの名言も金言!反骨心を努力に変える能力が凄い!

元ミランで、現在はパリサンジェルマンに所属するスウェーデン代表ズラタン・イブラヒモビッチも素晴らしい名言を持っています。その名言はこちら☆

他の人と違っていいんだ。自分を信じ続けるといい。世の中いろいろあるけれど、俺だって何とかなったぜ。

かつては攻撃的で反抗的、多くの選手や監督と衝突を繰り返してきたイブラヒモビッチ。しかし、2000年代前半に台頭してきたこの長身FWがいまだに世界のトップクラスに君臨しているのは特筆に価することです。前述の2002年のワールドカップにはこのイブラヒモビッチは主力ではありませんでしたが出場しているのです。イブラヒモビッチが努力してここまでの名手になれたのは、なによりもその反骨心です。バルカン半島からの移民としてスウェーデンに渡ってきたイブラヒモビッチですが、移民に対する社会の目は厳しく、その生活は困窮していたといいます。それでもイブラヒモビッチは「あんな金髪のやつらなんかより絶対に上手くなってやる」と努力を重ねてきました。そしてスウェーデンのマルメからオランダのアヤックスを経ると、その後は素晴らしいキャリアを歩んできます。ユベントス、インテル、バルセロナ、ミラン、そして現在のパリサンジェルマンとメガクラブを渡り歩いています。しかも全てのクラブでリーグ優勝を経験しているという、実績を持っています。チャンピオンズリーグのタイトルこそいまだに手にしていませんが、世界最高のタイトルコレクターの一人です。そんなイブラヒモビッチのもうひとつの名言がこちらです。

もし、『もうこの辺でいい』という気持ちが生まれたら俺はその日限りでサッカーをやめる。現役でいる限り、常に全力を尽くして戦う。それ以外のことは考えないんだ。

実はこのイブラですが、若い頃は「血を吐いてまでサッカーを続けるつもりはない」と話していました。30台の半ばに差し掛かった頃には引退しているだろうと述べており、早めにサッカーから手を引くことを示唆していました。しかし、未だにこの怪物FWは引退の雰囲気がありません。今夏、パリサンジェルマンとの契約が満了し、引退の可能性があることも示唆しましたが、どうやらイングランドかイタリアに移籍するのが濃厚となっています。ちなみに代理人のミーノ・ライオラ氏はミラノへの帰還を先日示唆しました。つまり、ミラン復帰となれば本田圭佑と、インテルに復帰となれば長友佑都とチームメイトになる可能性があるということです。ちなみにイブラヒモビッチ自信は「今まで所属してきたクラブの中で、自分の家だと感じるのはミランだけだ」と発言したこともありました。イブラはミランにはかなり深い愛情を示しています。現にアヤックス、ユベントス、インテル、バルセロナとミラン以外に所属してきたクラブは全て希望して退団しています。アヤックスはユベントス移籍を実現するためにチームメイトとわざと衝突し、ユベントスでは不正によりセリエB降格が決定していたチームから早々と離脱しています。そしてインテルではバルセロナへの移籍願望が強く、一部の主力選手との不仲が噂されていました。フランス代表のパトリック・ヴィエラ、イタリア代表マルコ・マテラッツィとはほとんど口も利かない仲だったと言われています。そしてそのバルセロナでも自分を評価しないペップ・グァルデイオラ監督を衝突し、ミランへの移籍を望んでいます。このグァルデイオラに対しては相当怒りが深いのか、いまだにこの名将の名前を出されると、かなり口汚く批判します。そしてミラン在籍時にはゴールゲッターとして活躍しただけでなく、戦術の中心としても活躍。チームの要としてサポーターから愛されました。正直なところあまり悪童を受け入れることが少ないミランのカラーには合わない選手ではありましたが、この大活躍によりサポーターの信頼も獲得しています。キャリアを通していろいろとお騒がせな選手であったことは間違いないのですが、努力に努力を重ねて超一流のレベルを未だに維持しています。最近では元々高かった得点力やテクニック、ポストワークに加え、スルーパスやフリーキックなどそれこそ無数の武器を持つようになったイブラヒモビッチ。このプレーの幅の広さは努力と才能の賜物です。来シーズンにはミランのユニフォームを着て本田圭佑と並び立つイブラヒモビッチの姿が見れるのでしょうか?非常に楽しみでなりません。

イングランドの貴公子の名言も胸に響く!

同じくミランつながりですが、本田圭佑の先輩であり元イングランド代表キャプテンのデビット・ベッカムの名言も非常に感動的で胸を打つ名言です。そのベッカムの名言はこちら☆

この前ロメオが僕にむかって、もうサッカーはやりたくないって言ったんだ。打ちのめされたけれど、ほっとしている部分もある。彼は他に情熱をぶつけられるものを見つけたんだ。それを嬉しく思う

今までとは少し趣向の違う名言ではないでしょうか?大の努力家であることでも有名で、意外と献身的な一面をもっているベッカム。若い頃は派手好きで非常にちょっとやんちゃな部分が見えました。筆者の個人的な趣味の話で恐縮ですが、少し年齢を重ねて大人になってからのベッカムの方が魅力的に感じるような気がします。いまや四児の父であるベッカム。長男のブルックリン君も次男のロメオ君も現在はサッカーをやっていないようですが、いくらサッカーに魅了されて全てを手に入れてきたベッカムといえど、この世界に非常に厳しい一面があることは百も承知のはず。ロメオ君がサッカーをやめてしまったことは残念ではありますが、一方で安心するところもあったようです。こんな父親になりたい!と思わせるようなイングランドの機能氏の珠玉の名言ですね☆ちなみに三男のクルーズ君は未だにサッカーをやっていて、ベッカムはちょっと親ばかなこんな名言も残しています。

同じ頃の僕よりもサッカーがうまいって、ママが言っていた

いまのところベッカム家最高の才能を持っているといわれるクルーズ君。お父さんのようにマンチェスター・ユナイテッドのユニフォームを纏う日はやってくるのでしょうか?長男のブルックリン君は現在写真家としても活躍中で、ロメオ君はモデルとして活躍中なんだとか。ちなみに長女のハーパー・セブンちゃんはまだまだ小さいのですが、ベッカムは現在家族にとって始めての女の子に夢中なんだとか(笑)

ミラニスタの偉大なアイドルの名言も!

そしてここでは、ミランのサポーターの偉大なアイドルであるブラジル代表MFカカの名言をお伝えしましょう!カカは2013-2014シーズンに本田圭佑とも共にプレーしました。そのミランの先立であるこのカカが残した名言はこちらです。

「最後は自分に問いかけたよ。『自分は何とつながっており、どこにハートがあるのか?』と。」

カカがこの名言を残したのは2009年1月のことです。当時2006年のカルチョポリ(ユベントス、ミランらが犯した八百長事件)以降の慢性的な財政危機に悩まされていたミランは、マンチェスター・シティからカカの移籍に60億円が提示されていました。このオペレーションが実現すれば、ミランの財政はかなりすると言われており、ミランにとっても首を縦に振らざるを得ない状況になっていました。この状況に対して、多くのミラニスタがカカの自宅前に集い、ミラン残留を懇願しました。それに対してカカはミランもユニフォームを窓に掲げてミランのサポーターに応えました。そしてこのときに残したのが、この名言だったのです。イブラヒモビッチやシェフチェンコをはじめ、ミランは選手との間に深い信頼関係を築くことで有名なチームですが、カカもミランに対しては深い愛情を注いでいました。上で名言を紹介したマルディーニに対しては、『マルディーニが引退したらミランのキャプテンになりたい』とまで発言しています。レアルを退団した後も苦しんでいたミランに帰還しており、このクラブとの深いつながりが非常に強い選手です。こちらがカカと本田圭佑の共演しているシーンです☆

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

一時期は世界最高の選手とも評価され、バロンドールも獲得した実績がある選手です。そんな本田圭佑とカカが共演したのですから、サッカーファンとしてはかなり心躍るシーンですね!ちなみにカカは2002年のワールドカップの時にブラジル代表として日本に来日しています。この時はまだまだ若く、期待の若手の一人にしか過ぎなかったカカですが、その後、選手として大輪の花を咲かせています。

ミランが生んだ鬼才の素晴らしい名言!

ここではミラン関係者の中でもかなり渋いチョイスです。しかし、この方のこの名言を知るのはミランの、そしてサッカーの歴史を知る上でも非常に重要なのです。そのお方とはアリーゴ・サッキです。この方は本田圭佑のミランの元監督です。この方に関しては、動じても長くなってしまうので、ますは名言からご覧頂きましょう(笑)

よい騎手になるためには、かつて名馬であった必要はない。

サッキは幼少時代から、多くのイタリアの少年と同じように努力してサッカーに取り組むサッカー小僧でした。しかし、靴の製造会社を経営する父からサッカーを志すことを反対され続け、サッカーを続けるという選択を諦めることになってしまいます。そして、父の会社を手伝いながらもサッカーへの想いを募らせていたサッキは、独学でサッカーの指導理論を勉強し、その後はリミニというアマチュアのクラブで監督になっています。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

そして、1985年に当時新進のチームだったパルマの監督に就任すると、まだ財政規模も小さかった当時のパルマをセリエBに引き上げるという快挙を成し遂げます。何の経歴も持っておらず、そもそも誰なのかも知られていない男が率いるクラブがセリエBまでと到達したことで、大きな注目を集めました。

そんなサッキに声をかけたのが当時不振に喘いでいたミランでした。ミランの会長ベルルスコーニは周囲の経営陣の反対を振り切ってこのサッキを監督に依頼しました。そして1987年、長年の努力の末、サッキのミランという後に伝説となるチームが誕生したのです。当時のミランはマルディーニやバレージなどのイタリア人選手を中心に、オランダからはフランク・ライカールト、ルート・フリット、マルコ・ファン・バステン(いわゆるオランダトリオ)という有能な選手が在籍していました。サッキは彼らをフィールドに満遍なく点在させる4-4-2を採択しました。当時イタリアで全盛を誇っていたマンマークを捨て、ゾーンプレスを採用し、相手がプレーするスペースを消しながら、高い位置でボールを奪い、一瞬にして相手守備陣を攻略するという戦術です。当時のサッカー界においては、かなり体力的にもハードで革新的なこの戦術を採用したことで、ミランは急激に力をつけていきました。1989年にはレアル・マドリーやステアウア・ブカレストを破り、チャンピオンズリーグ制覇を成し遂げました。サッキはその後イタリア代表監督に栄転しています。

選手としての実績がないままに名将としての地位を得たサッキ。まさしく、「名選手、名監督にあらず」といういかなるスポーツにも伝わる、ジンクスをある意味体現する存在となっています。そして、このサッキの努力は広くサッカーの世界でも認知され、後にアーセン・ヴェンゲル(アーセナル)、ジョゼ・モウリーニョ(マンチェスター・ユナイテッド)といった、ほとんど選手としての経歴を持たない監督が誕生するなど、ひとつの潮流を生み出しています。

サッキがこのゾーンプレスを発明したのは、上でも名言を取り上げたマラドーナがきっかけでした。当時、ナポリで凄まじいパフォーマンスを見せていたマラドーナは個人の力ではほとんど阻止不可能でした。そのマラドーナを封じ込めるために開発されたのが、このゾーンプレスだったのです。サッキは努力に努力を重ねてこの戦術を考え付き、いまだに不変の守備戦術として、サッカーに残っているのです。ミランはこうした新しい戦術やトレンドを生み出すチームとして、伝統を持っているのです。それを考えると本田圭佑は本当に歴史あるクラブに在籍しているのですね。

そして、このミランにおけるサッキの登場は「戦術の欧州」VS「個人技の南米」というサッカー界の構図も生み出しました。マラドーナに対抗するためのゾーンプレス、ロマーリオやロナウド対策のリベロシステム、そしてメッシ対策のプレッシング戦術。サッキというミランを代表する鬼才の努力により、サッカーはさらに深化し、新しい歴史を作っていくのです。少し長くなってしまいましたが、元ミラン監督のサッキの名言と努力についてお伝えしました。

本田圭佑最新名言2016!

ここからは本田圭佑の最新の名言をお伝えしましょう!

こちらは6月に行われたキリンカップでの名言です。

「ミランにも負けて泣く選手がいますけど、『泣くなよ』って言いたいのと、“泣くほど悔しいんだ”ということなんじゃないですか。ただ、僕は泣かないんで。泣く選手の気持ちは分からないです」

キリンカップ2016の決勝戦、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦で、 1点リードを許した後半終了間際に訪れたビックチャンスを痛恨の 判断水でフイにした浅野。試合後には涙にくれて、 西川らに励まされる姿を見えました。 この名言はそんな失意の浅野に向けられた本田圭佑からの名言です 。少し厳しいようにも聞こえますが、実は本田圭佑はこの後に

「これが彼にとっても良い経験になって、次、最終予選を戦うチームに活かせれば、今日の後悔は力になる。こういう経験をして、みんなで強くなっていきたい」

という言葉も残していて、 しっかりとこの若者をフォローしています。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

ちなみに浅野はこの涙を機に努力を重ねて一念発起。 リオで行われたオリンピックで3試合2ゴールの大活躍を見せまし た。オリンピック前に移籍が決まっていた名門アーセナルでは、 リザーブチームでの起用やレンタルでの一時放出が噂されていた浅 野ですが、 この活躍に残留するのではないかという憶測が立っています。 本田圭佑の金言をしっかりと力に変えることができました。

ただし、 本田圭佑もブラジルワールドカップでの敗退後に涙を流したことが あります。こちらがその時の画像です。

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

恐らく、本田圭佑自身も、 今回の浅野のように自分のプレーに納得がいかず涙を流した経験は 何度もあるのではないのでしょうか?

そして浅野の他にももう1人Jリーグから欧州に旅だったのが、 ジュビロ磐田の小林祐希です。

本田圭佑とは左利きのビックマウス、 そしてオランダで欧州へのキャリアを始めるという点でも完全に似 通っている小林。キリンカップでは決勝のボスニア戦に出場し、 A代表での初キャップを刻んでいます。

その小林に本田圭佑が送った金言がこちらです!

「気持ちは伝わりましたよね。気持ちが伝わる選手が最近は少ないから。そういう意味では、“爪あと”を残そうとした祐希の気持ちは僕には伝わりましたね。見ている人の何人かにも分かったと思いますけど。これから祐希みたいな選手が何人も何十人も出てくるようにならないと、日本サッカー界が本当の意味で世界のスタンダードにはなり得ない」

オランダの名門、 ヘーレンフェーンに移籍することが決定した小林、。 ジュビロでは誰もが認める努力家だったと言われていますが、 小林が担うポジションは清武や南野など非常に競合が多いポジショ ンでもあります。

ただ、この本田圭佑の言葉からも感じることができるように、 小林に対しては大きな期待を抱いている様子です。 自身と同じくオランダで欧州でもキャリアを始めること、 そして体格的にも本田圭佑に非常にプレースタイルが似通っている からでしょうか?

【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】

ちなみに小林自身もジュビロからオランダへと旅立つ直前のリーグ 戦で高らかに名言を放っています。こちらが小林の名言です。

「成長した姿を見せれるように海外で戦って、日の丸を背負ってワールドカップ優勝したいです」

オランダで結果を残せば、頼もしい存在になりうる小林。 果たしてこの24歳は厳しい欧州サッカーで結果を残せるでしょう か?

本田圭佑が弱音?超レア発言!

一方でミランでの3年目のシーズンを終えた本田圭佑は意外な発言 で周囲を驚かせています。

「ようやく終わったという感じ。ひどかったですね。何も結果を残せていないので仕方ない」

自身は1プレーヤーとしては安定した働きを披露しましたが、 1得点4アシストと背番号10としては不甲斐ない結果に終わって いました。そのため、ミランでの将来は不透明で、 このような意外な発言が飛び出してきました。

本田圭佑にとっては非常に珍しいネガティブ発言でしたが、 よっぽどミランでの自身のパフォーマンスに納得がいかなかったの でしょう。

本田圭佑に捧げる…

本田圭佑のホームページを覗いて見ると、そこには本田圭佑が過去に掲げてきた名言や理念の数々が紹介されています。

その中の一つに今の本田圭佑自身に響くであろう名言がありましたので、ここで紹介させていただきましょう。

「"環境"というのは与えられるようじゃダメだ。自分でつくりだすもの」

本田圭佑はこれまでも何度かミランで出場機会を失いかけたことがありますが、その度に自分自身の手でレギュラーポジションを奪い返してきました。

昨シーズンはミハイロビッチ監督によって、ほとんどの時間をベンチで過ごす試合が多かったのですが、その後は素晴らしいパフォーマンスで、チームの命運を握る存在にまでミランでの地位を高めています。

こうした反骨精神は単なる努力や才能だけではないこの男の最大の魅力の一つです。

ただし、一方でこんな名言を残したこともあります。

「欲張らずに何かを犠牲にすることも大切だと思う」

イタリアやミランでのプレーはこの男の幼い頃からの夢でもあることは、すでにご覧頂いたようにこの男の卒業アルバムに記されています。

今のミランに夢に描いた頃のミランの魅力が残っているかは定かではありません。

ただ、ミランというチームが長い歴史の中でも最も深い闇の中に沈みつつあるのは確かでしょう。努力に努力を重ねて掴んだ夢を諦めて次の居場所を見つけるのか、それとも最後の時までミランを信じて来年切れる契約を全うするのか、その判断は全てこの男の意思一つで決まるものと思います。

そしてもうひとつ本田圭佑の名言をお伝えしましょう。この名言は今の本田圭佑にとってはぴったりの名言といえるかもしれません。

「無駄なことなんて何一つないと思う」

現在本田圭佑はミランでベンチウォーマーに甘んじています。昨シーズンも同じような状況にありましたが、不屈の精神と努力でミランのスタメンとして戻ってきました。しかし、今シーズンのミランは本田圭佑よりもスペイン人FWスソが遥かに高く評価されています。そして、本田圭佑のベンチ生活は当分続くだろうというのが、一般的に認識されています。

一方で、ベンチウォーマーに甘んじてまで、今のミランに残留する価値があるのか?という問いもできます。

確かに今のミランはチャンピオンズリーグに出場できるわけでもなく、人々の目を引くようなスター選手は皆無です。セリエAでも磐石のポジションにいるわけではない、斜陽の元名門です。過去のミランであればともかく、現在のミランにベンチウォーマーに甘んじてまで在籍する価値があるかは疑わしいです。

本田圭佑自身に関しても背番号10や名門ミランの選手という看板が欲しくて、在籍しているのではないかという雑言のような批判が聞こえてくることもあります。しかし、この男は今夏イングランドのサンダーランド、そしてスペインのセルタというチームの獲得オファーを断ったと言われています。

恐らく、本田圭佑はこの厳しい状況の中で、監督を納得させるようなパフォーマンスを披露し、ポジションを奪回することに大きな価値を感じているのではないでしょうか?

昨シーズンも本田圭佑はイタリア人FWアレッシオ・チェルチにポジションを奪われていた次期がありましたが、最終的には右サイドハーフの主力といてミランのスタメンに君臨していました。ほとんど出場時間がなく、試合終了間際に時間稼ぎとして起用される程度の立場から努力と根性でミランのスタメンにのし上がってきたのです。

そんな今の本田圭佑にはこの名言はぴったりなのではないかと思います。意外と今シーズンが終わる頃にはミランのスタメンに君臨している本田圭佑の姿が見れるかもしれません。

ただし、本田圭佑自身は一方でこんな名言も残しています。

「進むべき方向があっているかどうかはわからない。でもわかるようになる為に進むんやと思う」

この名言の通り、今のミランに残留することが本田圭佑の今後のキャリアを見据えて正しいかどうかはわかりません。来年は契約が切れてフリーでどこにでも移籍できますが、年齢は31歳になります。果たして、本田圭佑の実力を評価して獲得してくれるチームががあるかはわかりません。

しかし、本田圭佑は考えに考え抜いてミラン残留を選択したと思います。彼が常に口にしているように、「壁を壊して」でも前に突き進むような想いさえあれば、その進むべき方向の答えは自ずとわかるのではないでしょうか?

きっと今の本田圭佑にはミランに残留し、スタメンを勝ち取るという答しか見えていないはずです。この名言を読むと、本田圭佑の進むべき道は最初から見えていたような気持ちに不思議な名言です。

総括~努力の男・本田圭佑の名言集~

本日はミラン本田圭佑の名言と努力のエピソードについてお伝えしました。天才ともてはやされていたこの金髪のレフティが実は多くの挫折を経験しながらも、その度に努力に努力を重ねて乗り越えてきたことをしることができました。そんな努力してきた背景があるからこそこの男の発言というのは、重みがあり人々の大きな影響と感銘を与えるのかもしれないと思いました。筆者もこの名言の数々を胸に刻みながら、日々努力と精進を重ねていかなければならないと感じました。本日はACミラン本田圭佑の名言と努力のエピソードについてお伝えしました。

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14 Responses to “【努力】本田圭佑の名言が凄いと話題に!【ミラン】”

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