なたは知っていますか?

竹内涼真が高校時代にサッカー選手を目指していた、という話は有名なお話です。

竹内涼真と共にプレーした選手や同期のメンバーの中には、超有名選手もいます。

そんな恵まれた環境にいながら、竹内涼真自身はサッカー選手になるという夢を叶えることができませんでした。

そして、竹内涼真がプロサッカー選手を目指し、なぜそれが実現しなかったのかはあまり人々に知られていません。

大きな希望を持ちながら…

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なぜ、竹内涼真はサッカー選手になれなかったのでしょうか?

今回は彼がいかに凄まじい環境でサッカーに取り組んでいたのか、竹内涼真の同期のサッカー選手と挫折の理由についてお伝えします。

竹内涼真が女性ファンだけでなく男性ファンからも支持された理由!

優として、そしてタレントとして着実に仕事の幅を広げつつある竹内涼真。

2017年頃からドラマだけでなく、バラエティー番組での露出も急激に増え始めました。

その理由の一つがサッカーであることは言うまでもありません。

竹内涼真は小さな頃からプロサッカー選手を目指して取り組み、そしてその夢までそう遠くないというレベルにまで達しています。

そのサッカーの経験が活きたのが、2018年のロシアワールドカップです。

竹内涼真はTBSのワールドカップ中継のメインパーソナリティに抜擢されて、25歳とは思えない落ち着いた振る舞いで評価を高めました。

このロシアワールドカップで多くの人々に知られたのが、竹内涼真がいかにサッカーに関する知識が深いか、ということです。

女性ファンの期待に応えるための起用と思われていた竹内涼真ですが、目の肥えたサッカーファンすらも唸らせる振る舞いでした。

ただ単にサッカーが好き、というだけではなくその厳しさも経験した人間の鋭い視線に、コアなファンすらも味方につけています。

しかし、竹内涼真自身がサッカー選手を目指していたこと、そしてなぜ挫折してしまったかは最後まで語られることがありませんでした…

竹内涼真がサッカーを始めた理由…!

内涼真は5歳の時にサッカーを始めました。

そこから20歳になるまでの間サッカーに取り組んでいたので、なんと15年もサッカーを続けていたことになります。

竹内涼真少年がサッカーを始めるきっかけとなったのが、地元にJリーグのクラブのジュニアチームがあったからでした。

竹内涼真の地元は東京都町田市。

その町田からほど近い神奈川県相模原市にそのチームはありました。

そのチームが…

東京ヴェルディ1969です。

相模原にあるユースチームは『ヴェルディサッカースクール相模原ジュニアユース』という名前です。

竹内涼真の地元には町田ゼルビアというチームがありますが、当時はまだ地域リーグ所属であまり有名なチームとは言えなかったのです。

対する隣町・相模原にあるヴェルディのユースチームはこれまでに多くの日本代表選手やJリーガーを輩出した名門中の名門。

竹内涼真はそんなブランド力に憧れて、ヴェルディジュニアチームの門を叩いたのです。

サッカー選手としての大いなる野望。でも現実は…

さな頃から同年代の選手との比較で身体が大きかった竹内涼真は、チームの中心選手として活躍しました。

特に活躍が顕著だった時期が中学時代です。

竹内涼真は同期の選手の中でも頭一つ飛び抜けた長身を買われて、センターバックのポジションを任され、しかもキャプテンを務めていました。

数多くの選手が在籍するヴェルディジュニアユースチームにおいて、同期の選手の中でキャプテンを任されるくらいなのでかなりレベルの高い選手であったことは言うまでもありません。

そして、各クラブのジュニアユースチームの中学3年生が迎える最大の山場が、中学卒業時に行われるセレクションです。

このセレクションはチームの内外の選手を対象に行われ、これに落選した場合はチームから退団しなければいけなくなるのです。

竹内涼真は見事このセレクションに合格し、ユースチームに昇格しています。

しかし、彼にとって本当の正念場はこのユースチームでのレギュラー争いだったのです…

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なぜ、竹内涼真はヴェルディユースチームから脱落したのか?

学を卒業し、ひとつカテゴリーがあがった竹内涼真。

このカテゴリーからは高校入学を期に部活動ではなく、クラブのユース経由でプロを目指す選手も多く、競争が激化しました。

また、膝に怪我を抱えており、満足なコンディションで練習に取り組むことができなかったとも言われています。

そのせいで竹内涼真の出場機会は激減してしまいました。

当時のことを、竹内涼真本人はこう語っています。

「試合は全く出てない。全然ダメダメで。その時はネガティブだったんですよ。プロになる人は普段からポジティブ。僕はネガティブで、失敗したら考えちゃうし、ケガも多かったし、そこに気づけなかったので高校3年間は良くない3年間だった。もう無理かな、と思うのが先だった」

キャプテンから完全なるベンチウォーマーへの転落。

この苦い経験により、竹内涼真のサッカーに対する気持ちは急速に萎えてしまったのです。

結果的に竹内涼真は、ヴェルディユースからの退団を決意しました。

それでも天与の体躯とジュニアユース時代の実績を買われて、立正大学にスポーツ推薦で入学することになりました。

最終的には大学でサッカーを続けない選択をし、芸能界入りした竹内涼真ですが、上述の通りロシアワールドカップのキャスターという大きな仕事を成し遂げて、一躍人気俳優の仲間入りを果たしました。

結果的にサッカーをきっかけにタレントとしても大きな花を咲かせたのです。

では、竹内涼真が挫折せざるを得なかったヴェルディユースとはどのような選手がいたのでしょうか?

竹内涼真と共に戦ったヴェルディ時代の同期サッカー選手①杉本竜士

内涼真と同期のサッカー選手で最も有名な選手が杉本竜士です。

竹内涼真とはジュニアユース(中学)時代から共にプレーしています。

東京ヴェルディのトップチームに昇格し、町田ゼルビアへのローンを経て、名古屋グランパスでプレー。

現在は徳島ヴォルティスでプレーしています。

2015年はU-22日本代表チームに初招集を受けました。

つまり、2016年に行われたリオオリンピックの候補選手の一人として名前があがるほどに出席していたことになります。

間違いなく竹内涼真の同期のサッカー選手の中で一番の出世頭です。

竹内涼真と共に戦ったヴェルディ時代の同期サッカー選手②南秀仁

校時代に苦渋を飲んだ竹内涼真とは対照的に、17歳という若さでトップチームデビューを飾ったのが南秀仁でした。

しかもその試合でデビュー戦ファーストタッチでのゴールという離れ業をやってのけたのです。

しかし、2015年に交通事故わ起こしたことによりキャリアが暗転。

出場停止処分を受けたことにより存在感を失い、現在はモンテディオ山形でプレーしています。

J2とはいえ二桁得点を達成した実績も持っています。

竹内涼真と共に戦ったヴェルディ時代の同期サッカー選手③舘野俊祐

竹内涼真とは異なり、高校入学時に地元の富山を離れてヴェルディのユースチームに入団したのが舘野俊祐です。

トップチームへの昇格こそ果たしたものの、結局出場機会はなく、現在はFC大阪という発展途上のチームで中心選手としてプレーしています。

竹内涼真と共に戦ったヴェルディ時代の同期サッカー選手④田中貴大

内涼真の地元とほど近い八王子出身の田中貴大は、鋭いオーバーラップを得意とする攻撃的なサイドバックとして成長しました。

竹内涼真とはジュニアチーム(小学生)の頃から共にプレーしており、今回紹介した同期の選手の中では最も長く一緒にプレーした関係です。

センターバックとサイドバックという関係上、竹内涼真が田中貴大を脇に従えてプレーしていたということになります。

地元ヴェルディと町田ゼルビアで順調にキャリアを積み重ねた田中は、現在ブリオベッカ浦安でぷれーしています。

もちろん、竹内涼真と同期のサッカー選手は彼らだけではありません。

特に竹内涼真の前後の世代には、日本代表クラスのサッカー選手が在籍しており、激しい競争が繰り広げられていました。

竹内涼真と共にプレーした日本代表選手①小林祐希

ジュビロ磐田で活躍し海外へと旅立っていった印象が強い小林祐希も、実はヴェルディユースチームの出身です。

1992年生まれの小林祐希は、竹内涼真のひとつ上の学年なので同期ではありません。

ヴェルディの各年代の中心選手として活躍したエリート中のエリートで、高校在学中の2010年にはすでにヴェルディの主力でした。

共にプレーした選手の多くが

『神様』

と崇めた絶対的な存在でした。

「僕の1個上はプラチナ世代と呼ばれていて、ヴェルディユースの絶対的存在だった。神様です」

「ちょっと怖かったですね。プレーも私生活もちゃんとした人でしたので」

「プレーのスピードや球離れのタイミングはユースのときからピカイチだった。プレーに対しての要求が高かったので、ちょっとずれたりしたら怒られた。練習やっているときは緊張した。たまにAチームとBチームが分かれますけど、一緒のチームでプレーするときがあった。DFラインで回していて縦パスを入れたときにずれると『タケ、ずれてるよ』って怒られる」

竹内涼真は小林祐希をこのように称えています。

竹内涼真と共にプレーした日本代表選手②中島翔哉

内涼真の実家がある町田とは目と鼻の先にある八王子生まれの中島翔哉も、ヴェルディで同じ釜の飯を食った中です。

竹内涼真よりもひとつ年下なので、中島翔哉も同期ではありませんが、こちらも高校在学中にはヴェルディで主役を張っていた実力者です。

カターレ富山、FC東京を経た後の活躍はご存知の通りで、ポルトガルのポルティモネンセに活躍の場を移し、圧巻のパフォーマンスを披露しています。

2018年には日本代表にも初招集されて、ロシアワールドカップの候補選手として名前があがっていました。

惜しくも選出はなりませんでしたが、その落選に多くの懐疑論があがったほどのインパクトを残し、今や歴代ヴェルディユース出身のサッカー選手の中で一番の有名選手へと成長しました。

いかがだったでしょう?

挫折を余儀なくされた竹内涼真がいかに凄まじい環境でサッカーに取り組んできたか。

同期には多くのライバルがおり、前後の世代にはその年を代表する実力者がいて、彼らに囲まれてプレーしていたのです。

今回は竹内涼真と同期のサッカー選手についてお伝えしました。

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