当たり前のことですが、羽生結弦にも大切な家族はいます。

しかし、実はその家族の素性はほとんど明らかになっていませんし、テレビにも登場することはありません。

そう、羽生結弦の家族は謎に包まれているのです…

スポンサーリンク



今回は羽生結弦の家族写真をご覧いただきながら、彼らのエピソードについてお伝えしましょう。

羽生結弦の家族とはどんな人たちなのでしょうか?

なぜ、羽生結弦の家族はメディアに現れないのか?

スポーツ選手の家族はテレビに出ることが多いものです。

特にオリンピックメダリストともなれば、その選手をどのように育てたのか注目されることが多いので、家族とのエピソードはオリンピックの風物詩のように当たり前に扱われています。

だから選手の家族の写真は人々の目に触れるし、選手の小さな頃の写真もメディアに取り上げられ、私たちは幼い頃の家族の一場面を切り取った姿を見ることができます。

しかし、羽生結弦の場合は家族がテレビや雑誌などのメディアに登場することはほとんどありません。

そのため、ネット上に出回っている写真も非常に少なく、に包まれた存在とされています。

例えば、こちらは羽生結弦が2014年のソチオリンピックで金メダルを獲得した時の写真です。

この写真には羽生結弦を中心に関係者が一緒に写っていますが、家族の姿をこの写真から見つけることはできません。

そこには、家族のポリシーがありました。

『結弦の両親が表に出ないのは、頑張っているのは本人であって、親は関係ないという考えからなんです。五輪で金メダルを獲得しても『私たちがしゃしゃり出て話すことはない』と言っていましたね。控え目で多くを語らない、お二人とも、まさに東北人の気質を持った両親です』

こちらは羽生家に近い人物がインタビューを受けたときの証言です。

それでは、羽生結弦の家族とはどのような人たちなのでしょうか?

どんな家族が羽生結弦を育てたのか?

羽生結弦は1994年12月7日に宮城県の仙台市に長男として生をうけました。

『弓の弦を結ぶように凛とした生き方をして欲しい』

そんな意味を込めて、お父様は長男に『結弦』と名付けたと言われています。

家族構成はその父と母、そして姉の4人。

姉は4歳年上で、1990年に羽生家の長女として生まれました。

子供にフィギュアスケートを習わせる多くの家庭が比較的裕福であるのに対して、羽生結弦の家庭はそうではありませんでした。

平均的な収入の家庭で育ったと言われており、それが羽生結弦に感じる親しみやすさの源となっています。

男子の代表選手としては高橋大輔さんも平均的な家庭で育った珍しい成功者です。

高橋大輔さんの家族も彼にフィギュアスケートを習わせるために多大な犠牲を払ったと言われています。

小さな頃からボールを使った遊びが好きだったという羽生結弦。

しかし、2歳の頃から喘息を発症し始めた息子を家族が心配して、習わされたことがスケートとの出会いです。

フィギュアスケートは屋内スポーツで、喘息の原因となる埃の影響を受けることがなく、病気を気にすることなく存分に取り組めることから、家族がこのスポーツを勧めたんだとか。

こちらが、羽生結弦が6歳の時の写真です。

この写真の頃には既にフィギュアスケートを始めていました。

この元気そうな写真や現在の彼の立派な姿を見ると、既に病気など克服してしまったようにも見えます。

しかし、実際は違うのです…

家族のサポートが不可欠?羽生結弦に落ちる暗い影…

この喘息は24歳になった今も治癒はしておらず、羽生結弦は病気えた状態で競技を続けています。

時々激しい発作に襲われることもあり、海外にツアーやレッスンに行く際も家族がついていくのは、喘息による発作の恐れがあるからだと言われています。

そして、その付き添いは主に羽生結弦の母親が行なっていると言われています…

スポンサーリンク



羽生結弦の愛する家族写真①母

羽生結弦が家族の中でも最も一緒にいる時間が長いのが、お母様です。

名前は羽生由美さん。

こちらが羽生結弦の母親・由美さんの写真です。

この写真は羽生結弦の家族がドキュメント番組に出た時のものです。

写真を見てもわかるように、羽生結弦に良く似ていることがわかりますね。

そして、このお母様が羽生結弦に与えた影響は、もちろん顔だけではありません。

いかにして、家族は羽生結弦をゴールドメダリストに育てたのか?

羽生結弦が生まれながらに持っていた、天与の運動能力、そしてエレガントで美しい曲線を描く手足の長さは、お母様から受け継いだものだと言われています。

以下のインタビューは、あるメディアが羽生結弦の家族や近親者に取材した時の、羽生結弦の叔母にあたる方の言葉です。

『ゆづの運動神経と、あの体型は奥さん譲りでしょう。うちの家系は野球好きですが、運動が得意な家系ではないし、手足も長くないですから』

の父親の家系は、決して運動神経に恵まれた家系ではなく、手足も長くはなかったと言います。

逆にお母様は手足が長く、運動神経も非常に良かったといいます。

フィギュアスケーターとして、誰もが羨むような手足の長さを息子に与えることができました。

それを羽生結弦の叔母は証言しているのです。

もちろん、羽生結弦のお母様のエピソードはこれだけではありません…

何が羽生結弦を支えてきたのか?母親の弛まぬ献身!

羽生結弦のお母様・由美さんは、常に羽生結弦を人々の目につかないところでサポートしてきました。

例えば、2011年羽生結弦が高校を卒業して本格的にプロスケーターとしての道を歩み始めた頃のお話です。

彼はこの年から、練習の拠点を日本国内からカナダへと移しました。

キム・ヨナをオリンピックで金メダルに導いたブライアン・オーサーからの師事を受けるために、です。

こちらの写真は羽生結弦と由美さんが海外に遠征に行く際に空港のゲートから出てくるところをとらえた写真です。

周囲の目に気を使ったのか、息子からは距離を置いて歩いて写っているお母様の姿をこの写真から確認することができます。

写真のように、それまで何度もジュニアの大会で海外に渡航していた羽生結弦にとっても長期の海外での生活は初めての経験でした。

雪国ならではの肉中心食生活言葉など数多くの問題が羽生結弦のカナダ生活の障害になりました。

由美さんはそんな羽生結弦をサポートし、フィギュア漬けの生活のために献身しました。

カナダでの生活に愚痴をこぼした羽生結弦に対して、お母様はこう言って息子を諭したと言います。

『スケートだけを学ぶのではなく、ここで生活していくというつもりで頑張りなさい』

その後、羽生結弦は1人で英語の受け答えができるようになりましたが、それは母親による厳しい指導があったからでしょう。

羽生結弦のお母様は、親としても人としても素晴らしい方。

そう感じる人もいるかもしれませんが、実は良くない噂も聞こえてくるのです…

なぜ、羽生結弦の母親は悪評が囁かれるのか?

羽生結弦のお母様にまつわる

それは彼女が宗教に入れ込み、それが息子に強い影響を与えているからだと言われています。

その根拠となるのが、こちらの写真です。

この写真のようにスケーティングの前に両手を合わせる仕草が、信仰があることを疑わせる根拠です。

また、演技の前に胸の前で十字を切るような仕草をすることから、

『クリスチャンなのではないか』

とも言われています。

そして、この写真を発端に、信仰を巡ってある噂が浮上しました。

息子が宗教に入信するのに由美さんが噛んでいたという噂を読んだのです。

しかし、実際には上の写真のような仕草や十字を切る行為は宗教とは全く関係がありません。

これらは羽生結弦にとっては演技前の習慣とも言えるもので、ようは『ゲンを担いで』やっているのです。

このような些細な行為も人々が焚き付けてくるのは、人気者の定めなのでしょうか…

いらぬ噂を抱えながらも、由美さんは親として息子の選手としての成長をサポートしています。

また、家族の一員としては、決して安くないフィギュアスケートにかかる費用をやりくりして捻出するという役割も果たしていました。

そして、その羽生結弦がフィギュアスケートを続けるための費用を稼ぐために身を粉にして働いたのが、お父様です…

羽生結弦の愛する家族写真②父

羽生結弦の父親・秀利(ひでとし)さんは、教員として息子のフィギュアスケーターとしての成長を支えてきました。

前述したように、羽生結弦は小さい頃からボール遊びが好きだったと言われていますが、それは野球が大好きだった父親の影響が強いと言われています。

そして、フィギュアスケートにかかる費用を稼いでいたのは、紛れもなくお父様です。

羽生結弦のお父様は、学校の教員をしています。

こちらが、羽生結弦のお父様の秀利さんの写真です。

地方の公務員は退職金が手厚い反面、月々のお給料は平均をやや上回る位のものだと言われています。

フィギュアスケートにかかるお金は月々15万円から20万円ほどだと言われています。

講師に払う月謝、リンクの使用料に加えて大会などに出場する場合は衣装のレンタル料金が発生し、そして靴は一足5万円ほどかかり3ヶ月に一回のペースで買い換えなければなりません。

年間で200万円ほどかかるお金をお給料から捻出しなければならないことを考えると、やはり一般の家庭ではかなり難しいことは想像に難しくありません。

羽生結弦のお父様は、家族で共にやりくりしながら息子がフィギュアスケートに取り組むための費用を捻出したことになります。

羽生結弦を強く育てた教育方針とは?

お父様をはじめとする羽生結弦の家族は、息子に自主性を持って生きるように教育したとも言われています。

羽生結弦が小学校4年生の時にフィギュアスケートを辞めたいとこぼした時には、

『嫌なら辞めてもいい』

と着かず離れずの態度を示し、自分の考えで行動するように導きました。

息子のやりたいことを存分にやれるように尊重しながら、それでも人としての道は外さないようにサポートするのが、羽生家の教育方針だったようです。

ちなみに父親からの問いかけに対して、本人が出した答えは『フィギュアスケートを続ける』ことでした。

当人自身はこの家族からの提案に対して悩んだようですが、最終的には続けるという選択をしています。

そして、羽生家のもう一つの重要な教育方針が、

『フィギュアスケートだけの人間になるな』

という方針です。

インテリ羽生結弦を作り上げた家族の教えとは?

お父様はフィギュアスケートだけではなく、勉強重要性も常に説いてきました。

その影響からか、羽生結弦は海外に遠征に行く際にもテキストや参考書をカバンに入れ、空いた時間で勉強に取り組みました。

こちらは羽生結弦が勉強に取り組んでいる時の写真です。

フィギュアスケートに軸足を置きながらも、写真のように勉学を怠ることがなかったのは、家族の教えがあったからです。

経済的にも、一人の人間としても息子を父として支え続けた秀利さん。

ここまで紹介してきたように羽生結弦の競技生活を支える上で教員として稼ぐお父様、そして家計をやりくりしながら食事や生活面でのサポートを怠らなかったお母様。

この両親の支えをなくして羽生結弦がスケーターとして大成することは絶対にあり得なかったといえます。

そして、羽生結弦がフィギュアスケーターとしてオリンピックでメダルを獲得するという夢を実現するために、もう一人献身的に支えた人物がいます。

考えてみてください…

羽生結弦一人がフィギュアスケートを習うための費用として、毎月数十万円のお金がかかります。

いくら家族の尽力があったからと言って、それは実現可能なのでしょうか?

羽生結弦の家族が息子にフィギュアスケートを習わせ続けることができたのは、お姉さまの犠牲があったからだと言われています…

羽生結弦の愛する家族写真③姉

羽生結弦のお姉さまは、フィギュアスケーターとしての弟を最も近くで見てきた存在です。

何を隠そう、羽生結弦がフィギュアスケートを始めようと思ったきっかけはお姉さんが習っていたからなのです。

羽生結弦のお姉さまの写真は出回っていません。

一時期、こちらの写真が羽生結弦のお姉さまの写真だとされました。

しかし、この写真で幼い頃の羽生結弦の隣でピースしながら写っている女の子はお姉さまではないことがわかりました。

お姉さまは、羽生結弦よりも4歳年齢が上です。

つまり、1990年生まれで2018年2月現在で27歳か28歳ということになります。

そして、このお姉さまが羽生結弦がフィギュアスケートを続ける上で非常に重要な人物であったことは間違いありません…

羽生結弦の姉は弟のためにどのような決断を下したのか?

前述のとおり、羽生結弦がフィギュアスケートを始めたのは2歳の時です。

子供スケートスクールに通っているお姉さまの影響を受けて始めました。

しかし姉弟の2人がスケートを始め、例えそれがどちらか一方だとしてもフィギュアスケートであれば、家計に与える影響は非常に大きなものになります。

こちらは今をときめく本田姉妹の写真です。

本田家には本田真凛、望結、紗来、太一の4人がフィギュアスケートを習っていますが、こんなことができる家庭は例外中例外です。

羽生結弦の家庭にはそこまでの余裕はなく、そこでお姉さまが下した決断は、子供とは思えない勇敢なものでした…

羽生結弦の姉がスケートを辞めた理由…!

そう、羽生結弦のお姉さまは弟のため、そして家計のためにスケートを辞める決断を下しました。

そもそも、羽生結弦がフィギュアスケートを始めた本当の理由は喘息の治療のためで、病気を抱えていない自分よりも、この競技を続ける必要があると感じていたからだと言います。

また、幼い頃からその身体能力の高さで才能の片鱗を見せていた弟は、必ずオリンピックに出場できるという確信が姉にはあったと言います。

だからこそ、弟と家計のためにスケートから離れるという選択をお姉さまは下したと言います…

信じられないくらい強い兄弟愛です…

そして、お姉さまにとってもう一つの辛い体験がありました…

それは母と弟との別居生活です。

前述の通り、18歳で生活の拠点をカナダに移した羽生結弦ですが、同行したのはお母様の由美さんだけです。

父と姉は地元・仙台に残り2人だけの生活をスタートさせています。

この時姉は22歳で、既に社会人として働き始める年齢ではありましたが、じっと家族4人で生活してきただけに一抹の寂しさはあったと言います。

やはり、羽生結弦の成功の陰には家族の助けがありました。

羽生結弦自身は、そんな家族に対してインタビューでこのように語っています。

『家族の前では「素」でいられる。

シーズン中は僕と母はカナダにいるので、家族でいられる時間は少なくなりました。

その分、実家で過ごす時間を楽しみにしています。

久々に実家に帰ると、父も姉も僕をまるで小さい子供のように可愛がってくれる。

スケートの話もあまりせず、みんなでテレビの話題で盛り上がったり、ゲームを楽しんだりしています。

時々口げんかもします。

実家は僕が「素」に戻れる場所。

とても心地よいです』

今回は羽生結弦の家族を写真を添えてお伝えしました。

羽生家はスケートを通じた強い絆があることがわかりました。

恐らく、まもなく始まる平昌オリンピックの舞台・江陵アイスアリーナにも、応援にかけつける家族の姿があるかもしれません。

よく読まれている記事
⇒羽生結弦はオリンピックで金メダルを獲得できるのか?

スポンサーリンク