烏合の集だったチームが信じられないほどに大きな変化を遂げました。
フランク・ランパード前監督の下で不安定飛行を続けていたチェルシーに、戦術的な軸が出来たことによって急激に強さを取り戻したのです。
チェルシーを上昇気流に導いたのは、
トーマス・トゥヘルです。
ドイツでキャリアの礎を築き、パリ・サンジェルマンへとステップアップした戦術家がやってきてから、チェルシーを取り巻く現状は劇的に変化しました。
そして、2020-21シーズンのプレミアリーグで3位、チャンピオンズリーグでは決勝進出と前政権下では予想できなかった飛躍を成し遂げたのです。
トゥヘルはどのような戦術的変化をチェルシーにもたらしたのでしょうか?
今回はトゥヘル・チェルシーの最新フォーメーションについてお伝えします。
ランパードが解任されることはないと思っていた。でもチームが崩壊すると…
2021年1月25日チェルシーのフランク・ランパード前監督が解任されました。
2020年末には一時首位に立ったものの、そこから急激に順位を落としたことによってクラブから解任を言い渡されたのです。
ランパード解任の理由は成績不振だけではありません。
チームに戦術的な軸を作ることができませんでした。
2020年夏に大金を投下して、ティモ・ヴェルナーやカイ・ハフェルツ、エドゥアール・メンディを獲得したものの、新戦力と選択肢が多すぎる状況に試行錯誤が続いてしまったのです。
フォーメーションやスタイルも一向に定まりませんでした。
4-2-3-1なのか4-3-3なのか3-4-3なのか…
カウンターなのかポゼッションなのかミックスなのか…
最終的には戦術的な理由なく、スタメンから遠ざけられたことによる一部選手との間に軋轢すらあったと言われています。
現役生活のほとんどをチェルシーで過ごしクラブに黄金期をもたらしたランパードが解任される可能性は低く、首脳陣からも長い目で見られていると予想するメディアやサポーターが大勢を占める中での解任となりました。
チームのレジェンドが解任された驚きも冷めやらぬ翌日26日に就任が発表されたのが
トーマス・トゥヘル監督です。
コレがトゥヘル・チェルシーの最新フォーメーション!
トゥヘル監督はさっそくランパードカラーを排除して自分のスタイルを前面に押し出し始めました。
フォーメーションは基本が3-4-3でオプションが3-5-2です。
つまりフォーメーションそのものはランパード時代とほとんど変化がありません。
しかし、戦術とスタメンは大きく変化したのです。

いかにしてトゥヘルはチェルシーを建て直したのか?
チェルシーの変化について、シンプルですが〈ディフェンス〉と〈オフェンス〉の2点にまとめています。
新生チェルシーのココが変わった!《ディフェンス編》
チャンピオンズリーグ決勝トーナメントで6試合を2失点で乗り越えファイナルへと勝ち進んだチェルシー。
しかも対戦相手がアトレティコマドリード(ラウンド16)、ポルト(準々決勝)、レアルマドリード(準決勝)と強豪ばかりと戦ったことを考えると守備力はかなり高いレベルに達していると言っていいでしょう。
4バックと3バック、2センターハーフと3センターハーフのフォーメーションを併用したランパードとは異なり、はっきりと3バック+2センターハーフの形を軸としています。
メンバーの個性を生かして弱みを消せる3バックのフォーメーションを基本としたトゥヘルの判断は正解でした。
チアゴ・シウバはラインコントロールやカバーリング、コーチングの能力はまだ健在だが、加齢の影響でスピードの低下がやや顕著でした。同じくアスピリクエタは、4バックのサイドバックが本職で177cmというサイズ故に空中戦にはやや限界があります。
この2人を万能型のリュディガーと組ませる3バックを基本とすることで守備陣は安定を獲得。
アスピリクエタがマンマークの強さを生かして相手アタッカーを捕まえにいけばチアゴ・シウバがカバーし、サイドからクロスを放り込まれたらパワフルなリュディガーがはじき返すという、個々の強みを生かす明確な役割が存在しています。
とりわけアスピリクエタはハーフスペースへの対応能力に関しては傑出した存在で、0トップ+6MFという極めて特殊な戦術を採用するマンチェスター・シティを相手にするにはもっとも重要なキーマンとなるでしょう。
いずれも経験豊富なベテランゆえに個々の伸び代は残されていませんが、ユニットとしてのはもう一段階の成熟を残している点も興味深い。
そういった意味で若いアンドレアス・クリステンセンの期待値は大きいですが、ポカを減らせば来シーズンは戦力になるかもしれません。
ダブルボランチが守備の安定に一役買った
守備力が向上したのは最終ラインの安定だけが理由ではありません。
万能性が高い一方で傑出した武器がないマテオ・コバチッチをベンチに置き、カンテとジョルジーニョのダブルボランチという構成にしたことも守備力の安定に一役買いました。
とくに3センターハーフのフォーメーションでは居場所が見出しにくかったカンテを「生粋の6番」と評して信頼を寄せたトゥヘルの手腕は見事でした。
守備範囲の広さを生かすにはアンカーは持ち場が限定される役割だし、ジョルジーニョのようにピッチの中心に陣取って組み立ての中心を担う構成力もパスセンスもカンテは備えていません。インサイドハーフではせいぜいつなぎ役を担うのが精一杯でゴールやラストパスなど最終局面での仕事はほぼ期待できません(2020-21シーズンは0ゴール2アシスト)。
レスターやフランス代表でも慣れ親しんだダブルボランチの一角に固定されたことで、危機察知能力やタックルなど守備力を存分に生かせる環境が整いました。
ジョルジーニョはフィジカル的な限界もあってボール奪取能力には限界がありますが、スペースを埋めてボールを奪回しやすい狩場に誘導させるなど最低限の仕事はこなしていています。
もちろん、メイソン・マウントやティモ・ヴェルナー、ハキム・ジエフはファーストプレスの担い手としての貢献度も非常に高いし、ベンジャミン・チルウェルとリース・ジェームズの両翼は、本来4バックのサイドバックもこなせる守備力を有していて、前者はむしろそちらが本職です。
個々の役割を明確にした3-4-3のフォーメーションがチェルシーの守備力が向上した最大の理由です。
新生チェルシーのココが変わった!《オフェンス編》
1トップ+2セカンドトップで形成される前線に両ウイングバックが走力を生かして関与し、彼らを司令塔のジョルジーニョがコントロールするのが端的な表現となります。
攻撃に目を向けると、組み立ては主に最終ラインとダブルボランチが担います。
3バック+2センターハーフで五角形を形成してボールをまわしながら、相手が最終ラインへのプレスを交わしたタイミングで直接、あるいは誰かを経由してジョルジーニョにボールを収めるところまでが彼らの役目になります。
五角形によるボール回しを安定的にこなしながら、攻めあがってダブルボランチの脇でボールを受けられるテクニックを備えているリュディガーとアスピリクエタは組み立て段階での貢献も低くなく、対照的に足下のテクニックがおぼつかないズマがセンターバックでの序列を下げたのは、攻撃面のクオリティが欠けていると判断されたのもあるのでしょう。
二人のセカンドトップはタッチライン際に張り出すのではなく、あくまでセンターフォワードの後方にナローにオフセットするのがトゥヘル流3トップの基本形となります。

ボールサイドのセカンドトップは相手センターバックとサイドバック、そしてセントラルミッドフィルダーの間にポジションにポジションをとり、ジョルジーニョからのパスを引き出します。
メイソン・マウントやカイ・ハフェルツにはこのスペースを生かす攻撃的MFとしての戦術的な感覚が備わっていて、トゥヘル就任後この二人が前線の中心となっているのは偶然ではないのです。
一方でタッチライン際で足下にボールを受けたがるなどウイングとしてのキャラクターが強いジイェフとプリシッチは新政権に移行後は存在感を落としています。
基本的にはここまでの一連の流れがトゥヘル・チェルシーの攻撃の基本形で、ファイナルサードの攻略は3トップ+2ウイングバックの仕事になります。
主な選択肢は、ヴェルナーのスピードを生かして相手最終ラインの背後を突くやり方と、ウイングバックからのクロスボールをフィニッシュへとつなげていく二つです。
シンプルなやり方が最も効果的である理由
ややシンプルで大味な印象ではありますが、シーズン中盤に就任したことを考慮すると複雑な約束事を設けないシンプルなスタイルが最善の策だとトゥヘルが判断したのでしょう。
例えばマンチェスター・シティやかつてのバルセロナのように、ワンタッチやツータッチのパスを細かくつないで密集を攻略するような繊細な連携は、少なくとも現時点では絶対必要ではないということか。
ヴェルナーは相手を一瞬で置き去りにする爆発的なスピードが売りのストライカーで、ゴール前に常駐するよりも最終ラインの背後を常に狙い続けてスルーパスを引き出してフィニッシュに持ち込むのが最も得意とするパターンです。
ウイングやサイドアタッカーとして括るにはプレーするエリアが中央寄りで、必然的に4-2-3-1や4-3-3のフォーメーションのウイングではゴールが遠すぎるため、2トップかナローな3トップの一角に置いて良質なパスを送り届けられる攻撃的MFやトップ下を従えるのが最も効果的な起用法となります。
そうした意味でもマウントやハフェルツ擁する現在のチェルシーの3トップはヴェルナーのキャラクターと極めて相性が良いのです。
ハフェルツは3トップのフォーメーションの中央をホームポジションとしていますが、それはあくまで形式的なものに過ぎず、実際には相手最終ラインの前のゾーンでボールを受けて前を向きドリブルかスルーパスで崩しを担ういわゆるフォルスナイン(偽9番)が基本的な役割で、彼はマウントと共に崩しからフィニッシュの局面を担います。
ボールを受けた両セカンドトップは背後を狙うヴェルナーと呼吸が合わなかったり相手に対策されていた場合は、ジョルジーニョまでボールを戻すか、ウイングバックにはたいて目先を変えて粘り強く機を伺います。
ハフェルツやマウントのスルーパスを受けたヴェルナーがスピードを生かして相手最終ラインの背後を取ると、そこからは反対サイドのウイングバックも含めた3~4人が一気にゴール前になだれ込みます。
ペナルティボックスの脇を攻略したときにゴール前に2人以上は送り込める人数がいるのも3トップのフォーメーションの強みで、さらに両ウイングバックも走りこんでくるフィニッシュは迫力満点。
ランパード時代には干されかけていたマルコス・アロンソがトゥヘル政権下で急激に序列をあげたのは、左ウイングバックの位置からゴール前にまで顔を出せる走力が買われたからで、既存戦力を生かしたトゥヘルの手腕は特筆に値するでしょう。
なぜ、高さではなく速さこそが重要なのか
そのウイングバックに目を向けると、主戦力のリース・ジェームズ、チルウェル、マルコス・アロンソは十分以上の走力を備えていて、ハフェルツかマウント、もしくは高い位置に張り出したセンターバックからボールを受けてサイドの深い位置まで侵攻します。
いぜれも球足が速く、空中戦に強いストライカーを置かないチェルシーの前線にとってはフィニッシュへと結び付けやすいし、特にジェームズとマルコス・アロンソは強烈なシュートへと昇華しやすいクロスを供給できます。
ベンチにはオリビエ・ジルーやタミー・エイブラハムといった9番タイプのストライカーが控えていますが、その場合は彼らのゾーン(ペナルティエリアの中)を邪魔しない、プリシッチやジイェフとの同時期用が前提となるか。
一方で、プリシッチやジイェフの起用はウイングバックが活用するスペースを阻害し、サイドで渋滞を起こすリスクもあるだけに起用は限定的になりつつあります。
シンプルな戦術は選手に比較的簡単に浸透していくし、その文脈の中で個々の特徴を生かすフォーメーションや配置を見出したトゥヘルの手腕は見事で、さらにシーズン途中の就任で組織の成熟を図る時間的余裕がなかったことを考えると、あといくつかレベルアップを遂げる余地が確実に残されています。
いずれにしても、5月30日のチャンピオンズリーグ決勝は極めて重要なシーズンのゴールとなります。
シンプルさを追求した戦術家トゥヘルと、複雑な戦術をチームに落とし込んだグァルディオラの監督対決は、極めて現代的な一面を持つ戦いとなるでしょう。
今回はトゥヘル・チェルシーのフォーメーションと戦術についてお伝えしました。
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